機体の製造だけでなく、運用開始後の維持管理・整備補修でも、サプライチェーンの問題は当然ながら関わってくる。補用部品の供給が円滑に行われなければ、機体の可動率(稼働率ではない)が下がってしまう。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

民間機派生型の利点

ボーイングP-8Aポセイドンという哨戒機がある。米海軍がP-3Cオライオンの後継機として導入した機体だが、イギリス、ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランド、インドなど、次々にカスタマーを増やしている。

この機体は、ボーイング737をベースとして、所要のミッション・システムを積み込んだほか、後部胴体下面の貨物室をつぶして機内兵器倉を設けている。この辺は軍用機ならではだが、「飛行機」としての部分はベースモデルの737とおおむね同じ。前任のP-3も同様で、ロッキード・エレクトラという旅客機をベースにしていた。

  • オーストラリア空軍のP-8A。見た目は「窓のない737」である 撮影:井上孝司

  • 後部貨物室のスペースに兵器倉を設けた様子がよく分かる 撮影:井上孝司

さて。先日、ニュージーランド空軍向けP-8Aの初号機が引き渡されたところだが、同国が運用するP-8Aの維持管理業務は、ボーイングの豪州現地法人が担当している。ただし、民間型737と共通するコンポーネント400点あまりについては、ルフトハンザ・テクニクが担当することになった。これは民間機のサプライチェーンを活用するのが目的だという。

先に書いたように、「飛行機」としての部分はP-8Aも737も共通性が高い。すると民間型737と同じ部品、機器、コンポーネントを使える場面が多くなる。民間型737は世界中で飛んでいて、当然ながらそれを支えるためのサプライチェーン網も構築されているから、軍用型のP-8Aもそれに乗っかってしまえというわけだ。新たにP-8A専用のサプライチェーン網を構築し直すよりも、そちらの方が合理的かつ安上がりという考えだろう。

なにもP-8Aに限った話ではない。民間向けの旅客機やビジネスジェット機を転用した軍用機なら、程度の差はあれ、同じメリットを享受できる。民間機を転用することで得られる利点は、開発・新造のときだけでなく、導入後の維持管理でも得られるものだ。もちろん、民間機ベースで用が足りる用途の機体ならば、という前提だが。

既存機のパーツやコンポーネントなどを流用する

機体そのものが新規開発であっても、枢要な搭載機器、パーツ、コンポーネントを既存の機体と共通化する事例は多い。

例えば、ゼネラル・ダイナミクス(当時)が米空軍のLWF計画向けにF-16を開発・提案したときには、エンジンをプラット&ホイットニー製F100にした。すでに配備が進んでいたF-15と同じエンジンである。

ということは、エンジン整備の現場はF-15のエンジンでもF-16のエンジンでも同じように扱えるし、パーツの共通性も確保できる。同じパーツをF-15用のF100エンジンとF-16用のF100エンジンの両方で使えれば、パーツの管理や供給が楽になるし、少数品目の多数生産になるからコスト面でも有利だ。

F-35にも似たような話がある。F-35。F-35A、F-35B、F-35Cは、それぞれ運用環境が異なるので、エンジンや主翼など、エアフレームの部分には相違が少なからずある。しかし、開発・試験・評価に多大な費用と手間を要するミッション・システムは共通である。

同じレーダー、同じ電子戦システム、同じ光学センサー、同じコンピュータ、同じソフトウェア。すると、パーツが共通になるだけでなく、開発・試験・評価の負担も軽減できる。

細かなところでは、機種が違ってもタイヤが同じ、という事例もあった。第二次世界大戦中の話だが、米陸軍航空軍が運用していた重爆撃機トリオ、すなわちB-17フライングフォートレス、B-24リベレーター、B-29スーパーフォートレス。みんな主脚のタイヤが同じである。

ただし、大形で重いB-29だけはダブルタイヤだったが。また、B-24とB-29は首脚のタイヤも同じだった(B-17は尾輪式なので、さすがに共用できなかった)。

「たかがタイヤ」と笑ってはいけない。タイヤは離着陸を繰り返す度にどんどん摩耗する消耗品。しかも、これがないと離着陸ができない重要部品でもある。それを複数機種にまたがって共通化することのメリットは大きい。

少数機なら既製品の流用で

流用によるメリットは、少数しか製造しない実験機や、新型機のプロトタイプ機、実証機(デモンストレーター)でも効いてくる。少数しか製造しない機体のために、わざわざパーツやコンポーネントを新規に起こすよりも、既製品で済む方がありがたい。

例えば、実験機やプロトタイプ機で既存の機体のパーツを流用する事例として目立つのが、降着装置。高い信頼性が求められるから、開発にも試験にも相応の手間を要する。それを、すでに実績がある既存の機体から流用できればメリットは大きい。ただし、寸法や諸元などの面で制約要因になる可能性もあるのだが。

また、キャノピーの流用事例もある。例えば、JSF(Joint Strike Fighter)計画のデモンストレーター、ボーイングX-32のキャノピーはAV-8BハリアーIIのものだ。我が国のX-2実験機でも、T-4練習機のキャノピーや、T-2練習機の降着装置を流用していた。キャノピーは流用だが、レーダー電波反射を抑えるコーティングが加えられているという。

  • ボーイングX-32。ステルス機らしからぬ、Ω型断面のキャノピーをつけているのは、これが流用品だから 撮影:井上孝司

  • こちら、流用元のAV-8BハリアーII。同じような角度から撮っているので、キャノピーが同じであると分かりやすいのではないか 撮影:井上孝司

「F-1戦闘機のキャノピー」ですが、正しくは「T-4練習機のキャノピー」でした。当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。