9月の初頭に、F-35の納入がストップする事態が発生した。といっても、機体に不具合が発生したとか、サプライチェーンが混乱したとかいう「ありきたり」な理由ではなかった。

パーツはアメリカ製だが素材の一部が中国製

問題になったのは、F-35が飛行する際のパワーの源、プラット&ホイットニー製F135エンジンに取り付けられている、ターボマシン・ポンプと呼ばれる機器。この機器は、スターター/ジェネレータに電力を供給する際に使用するもので、ハネウェル製。

スターター/ジェネレータとは、エンジンを始動する際はモーターとして機能してスターターの役割を果たし、いったんエンジンが始動した後は発電機として機能する機器。モーターと発電機は基本的に同じ構造であり、電車のようにモーターで走る車両は、駆動用のモーターを発電機として使うことで制動力を発揮させている。

だから、電動式のスターターと発電機も兼用できる理屈となる。スターターと発電機をひとまとめにできれば、その分だけエンジンが軽く、小さくなる。

そのスターター/ジェネレータで使用するターボマシン・ポンプに、磁石が使われていた。そして、その磁石で使われている素材のうち、コバルトとサマリウム(サイリウムではない)が中国産だった。と、これが問題の核心。

  • エンジンで使われている補機そのものではなく、そこで使われているパーツの素材が原因で、F-35の納入が止まってしまった 撮影:井上孝司

代替供給源の確保で課題解消

こういう事情だから、機能に不備があったわけではなく、飛行の安全にも問題はない。モノが磁石の素材だから、中国製が混ざっているからといって機微情報が中国側に流れる心配もない。そのためか、納入済みの機体で使われている磁石を交換する予定はないという。

そして、F-35統合計画室では、「すでに代替供給源の確保はできており、それによる性能・品質・安全性への影響はない」と説明している。

軽く、性能のいい磁石を作る上では素材が問題になる。ハイブリッド自動車の駆動用モーターで使用する磁石において、希土類(レアアース)が多用されるという話は、広く知られていることと思う。そのレアアースを中国が「戦略兵器」として使い、意図的に輸出をコントロールしたせいで、騒動が持ち上がったこともあった。

もっとも、そんなことをすれば「レアアースに依存しない磁石」の開発に拍車がかかるわけで、果たして、中国にとってトータルでプラスになったのかどうかは分からない。

これに限らず、機器やパーツ自体がアメリカのメーカーで作られていても、「そこで使用する素材はどうなんだ?」という問題が出てくる可能性はついて回る。図らずも、それがF-35のエンジンで現実になってしまったわけだ。

サプライヤーの立場にしてみれば、こうした不祥事を引き起こすことが、契約を切られる可能性につながる。そういう意味でも、規定違反にならないように手間をかけなければならないわけだ。

もっとも、逆の立場でも同じような話は出る。中国製の航空機や各種ウェポン・システムにおいて、「アメリカ製のパーツや素材がまったく使われていないと断言できるんですか?」となるわけだ。この辺はお互い様である。

  • 試運転のためにテストセルに据え付けられたF135エンジン。多数の補機が取り付いている様子が見て取れる 写真:USAF

対露制裁でも同じ問題が起こり得る

この種の話になると、第338回で取り上げた、対露制裁の問題も関わってくる可能性がある。

つまり、ロシア産の各種素材が制裁措置の対象になれば、メーカー側では「対露制裁の対象になっている素材が使われていないことを確認しなければならない」となりかねない。それが現実になったら大変だ。すでに製造・納入済みの品物が相手でも、これから製造・納入する品物が相手でも、調査・確認のためにべらぼうな手間を要するだろう。

調べるだけでなく、「問題ない」ということを証明する書類をまとめて当局に提出、認証を受ける作業が加われば、これがまた手間と時間を要する事態につながり得る。

サプライチェーンというと、シンプルに製品レベルで「どこで作っているか」という話ばかりが着目される傾向がある。だからこそ、「防衛装備品は自国で製造していないと、有事の際のパーツ供給に不安がある」という論が出てくる。しかし、製造基盤だけ自国内にあってもダメで、そこで使用する素材の供給源はどうなんですか、という話を忘れてはならない。製造基盤は自国内に確立しているけれど、素材が入ってこないので生産できません、となればコントである。

アメリカで、政府が音頭をとって半導体生産基盤の強化に乗り出している。その理由のひとつに、米軍で使用している装備品における偽造半導体部品の問題があったようだ。我が国が、この種の話を他人事と笑っていていいものであろうか。

もっとも、ときにはあべこべな事態も起きる。有名な話だと、ロッキード社(当時)がSR-71ブラックバード偵察機を製造したときに、機体構造材で必要となる大量のチタンを確保するため、なんとソ連(当時)からチタンを買い付けた。これは「やむにやまれず」意図的にやった話だが、もちろん、売主のソ連には本当の行先が知れないようにやっていたはず。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。