• 今回の研究の概念図。雲頂付近・昼側の断片的な観測データを数値モデルに取り込み、各時期の雲頂の風を再現するとともに、観測データのない高度を含む大気の三次元構造を推定する (出所:慶大ニュースリリースPDF)

    今回の研究の概念図。雲頂付近・昼側の断片的な観測データを数値モデルに取り込み、各時期の雲頂の風を再現するとともに、観測データのない高度を含む大気の三次元構造を推定する (出所:慶大ニュースリリースPDF)

金星は、直径が地球の約0.95倍、質量は約0.82倍と太陽系で最も地球に類似した惑星だが、地表温度は約460度、大気圧は90気圧以上ときわめて過酷な環境にある。また、理由は未解明だが、金星は太陽系の他の惑星とは自転の向きが逆の東から西向きで、公転周期(地球時間で約225日)を超える約243日をかけてゆっくり1回転している。

それに対し、高度約70kmに位置する厚い硫酸の雲の頂付近では、自転速度の最大約60倍にあたる秒速約100mもの西向きの暴風「スーパーローテーション」が吹き荒れている。この暴風は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星周回探査機「あかつき」の観測などにより、近年理解が進みつつあるものの、なぜ自転速度を大幅に上回るのか、そのメカニズムは未だ完全解明に至っていない。

そうした中、慶應義塾大学、神戸大学、京都産業大学、東京大学、北海道大学、京都大学、理化学研究所の7者は、金星大気データ同化システム「ALEDAS-V」を用いて、スーパーローテーションの長期的な風速変動を再現するとともに、観測データのない高度も含む大気の三次元構造を推定することに成功したと、10月23日に共同発表した。

同成果は、慶大 自然科学研究教育センターの藤澤由貴子研究員、同・小守信正特任講師、慶大 法学部の杉本憲彦教授、JAXAの村上真也主任研究開発員、神戸大大学院 理学研究科のはしもとじょーじ教授、同・樫村博基准教授、同・松嶋俊樹特命助教、同・林祥介名誉教授、神戸大大学院 海事科学研究科の前島康光准教授、京産大 理学部の高木征弘教授、同・安藤紘基准教授、東大大学院 新領域創成科学研究科の今村剛教授、北大大学院 地球環境科学研究院の堀之内武教授、北大大学院 理学研究院の石渡正樹教授、京大 防災研究所の榎本剛教授、理研 計算科学研究センターの三好建正チームプリンシパル(理研 数理創造研究センター チームディレクター兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の、宇宙探査分野のオープンアクセスジャーナル「npj Space Exploration」に掲載された。

金星大気の“謎”解明に向け、「データ同化」手法を活用

スーパーローテーションのメカニズムの解明は着実に進展しているが、金星は厚い硫酸の雲に覆われているため、雲下の大気を直接観測することが困難だ。また、探査機による観測も時間的・空間的に限定的にならざるを得ない。そのため、断片的な観測から、時期ごとの大気状態を継続的に推定し、その違いを捉えることが大きな課題となっていた。

研究チームはこれまで、観測データを数値モデルに取り込み、各自の不確かさを考慮して大気状態を推定する「データ同化」手法を金星研究に応用してきた。そして、JAMSTECが運用するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で動作する金星大気大循環モデル「AFES-Venus」と、局所アンサンブル変換カルマンフィルタを組み合わせて金星大気データ同化システム「ALEDAS-V」を開発。さらに、2018年9〜12月の「あかつき」の観測データを同化させた金星大気の客観解析データセット「ALERA-V v1.0」を公開した。

今回の研究では、従来の特定期間のみの同化から、風速の異なる5期間(速い2期間、中間の1期間、遅い2期間)へと拡張し、それぞれ約6カ月間の同化実験を実施。断片的な観測から各時期の雲頂の風を再現するとともに、観測データのない高度を含む大気の三次元構造への影響を検討することにした。

今回の研究成果

今回使用された風のデータは、「あかつき」の紫外線画像から雲の動きを追跡して求められたもので、雲頂付近の昼側に限られ、時間的にも不連続だ。ALEDAS-Vを用いてこうした断片的な観測データと数値モデルの予報値を統合し、観測データのない時刻や高度を含む大気状態が推定された。

データ同化により、観測データを取り込まない計算(FR)で見られた過大な風速が抑制され、各時期の観測に近い風速分布を導出。同化に用いられた観測値に対する風速の誤差は約74〜80%、系統的な偏りは約83〜86%も低減したという。

各期間の解析データを観測やFRと比較した結果、以下の特徴が明らかになった。まず、風速の遅い2期間では、観測された南北半球それぞれの東西風の大きな差が再現された。また、同化した高度をまたいで下層から上層まで広がる循環セル(子午面循環)が、FRに比べて全期間で強まった。風速の遅い2期間では、速い2期間と比べてこの強まりが大きく、南北非対称性も確認された。加えて、太陽加熱によって生じる大気の波「熱潮汐波」の構造にも、5期間で系統的な違いが見られた。赤道付近では、地方時による風速の増減のパターンが、「あかつき」の観測に近づいたという。

同化の各ステップで予報値に加えられる直接の修正は、主に雲頂付近に限られる。一方、子午面循環の変化はより広い高度範囲に現れており、雲頂の風の修正を受けたモデルの力学的な応答が関わっていると考えられるとした。

また、観測データの取り込みが停止した後も、同化によって生じたFRとの差は約1カ月間持続した。これは、観測の影響がモデルの大気状態に一定期間保持されることを示している。観測データのない高度の構造はモデルに基づく推定であり、その妥当性の検証と、循環変化の仕組みの解明を今後の課題としている。

  • 雲頂の東西風と子午面循環の比較。(a)雲頂付近の東西風の緯度分布。黒破線は風の遅い時期(S1)の観測値、灰色実線はFR、橙色実線はS1の同化実験を示す。計算結果は、昼側(地方時6〜18時)の平均。(b)FRと(c)S1の子午面循環。灰色の等値線は循環の強さと向きを表す質量流線関数(単位:10^10kg/s)で、正値(実線)は図中で時計回り、負値(破線)は反時計回りの循環に対応。(c)色はS1とFRの差を示す。星印は循環セルの位置、緑線は観測データを取り込む高度と緯度範囲(高度69km、緯度60度S〜60度N)を示す。計算結果は各期間の117地球日間平均。原論文の図3および補足図S5を改変 (出所:慶大ニュースリリースPDF)

    雲頂の東西風と子午面循環の比較。(a)雲頂付近の東西風の緯度分布。黒破線は風の遅い時期(S1)の観測値、灰色実線はFR、橙色実線はS1の同化実験を示す。計算結果は、昼側(地方時6〜18時)の平均。(b)FRと(c)S1の子午面循環。灰色の等値線は循環の強さと向きを表す質量流線関数(単位:10^10kg/s)で、正値(実線)は図中で時計回り、負値(破線)は反時計回りの循環に対応。(c)色はS1とFRの差を示す。星印は循環セルの位置、緑線は観測データを取り込む高度と緯度範囲(高度69km、緯度60度S〜60度N)を示す。計算結果は各期間の117地球日間平均。原論文の図3および補足図S5を改変 (出所:慶大ニュースリリースPDF)

今回の研究は、観測データが時間的・空間的にきわめて限られる惑星探査において、データ同化が観測とモデル双方の強みを引き出し、大気の三次元構造を推定する有力な手段となることを示すものとなった。

研究チームは今後、今回の5期間の同化実験で得られた客観解析データを順次公開していく予定だ。観測と数値モデルを結びつける今回の取り組みは、将来の探査計画の検討や、地球以外の惑星の多様な大気環境の理解に向けた新たな観測データの活用にもつながることが期待されるとしている。