東京大学(東大) 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は3月23日、「バリオン音響振動」と「宇宙マイクロ波背景放射」の両データの組み合わせにより、極初期宇宙の「インフレーション理論」を検証する重要指標「スカラースペクトル指数」の値が、主要なインフレーションモデルを支持しない従来予測よりも上方にシフトした結果だった問題が、両データの統計的取り扱いの差異に起因することを明らかにしたと発表した。
同成果は、Kavli IPMUのエリサ・フェレイラ特任助教を中心とした研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、素粒子物理学や宇宙論、重力理論などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
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アタカマ宇宙論望遠鏡(ACT:紺)、ダークエネルギー分光観測装置(DESI:灰)、および両者の統合(ACT+DES:赤)によるBAOパラメータとスカラースペクトル指数(ns)の制限の比較。ピンクの帯は、欧州宇宙機関(ESA)のプランク衛星による観測で示された、主要なインフレーションモデルが予測するnsの値を示す。ACTとDESI、あるいはその統合データにおいて、パラメータの値にズレが見られ、これが両データ間での矛盾を示しており、その結果としてnsの値がピンクの帯から外れていることがわかる。(c)Ferreira et al.(出所:Kavli IPMU Webサイト)
宇宙の起源は一般に「ビッグバン」とされるが、現代宇宙論では、ビッグバン初期に“インフレーション”と呼ばれる急膨張期が存在したとする理論が広く支持されている。宇宙誕生から約38万年後の「宇宙の晴れ上がり」以前は電磁波での直接観測は不可能であり、インフレーションの直接的な証拠はまだ得られていない。それでも多くの科学者に支持されるのは、ビッグバン理論のみでは説明困難な「平坦性」や「地平線」といった宇宙の諸問題を一挙に解決できるからだ。
しかし2025年、バリオン音響振動(BAO)と宇宙マイクロ波背景放射(CMB)のデータを統合解析した結果、従来の予測を上回る指数が報告され、有力モデルの妥当性が揺らぐ事態となった。そこで研究チームは今回、両データを組み合わせた際の手法が推定値に与える影響を精査したという。
BAOは、初期宇宙におけるバリオン(陽子や中性子)と光子の相互作用によって生じた音響振動の痕跡を指す。このムラは宇宙の晴れ上がり時に固定され、その後の銀河分布の種となった。つまり、銀河間の距離を精密に測定することで、インフレーション期の揺らぎの性質に間接的な制約を与えられる可能性がある。
一方のCMBは、宇宙の晴れ上がり時に直進を開始した「宇宙最古の光」。かつてはプラズマ中の自由電子に散乱されていた光が、宇宙の冷却に伴う原子形成によって直進可能となったもので、現在は宇宙膨張により引き延ばされ、マイクロ波として観測されている。
また、インフレーションの決定的証拠として、近年はこのCMBの偏光パターンに含まれる渦巻き状の「Bモード偏光」の探索も進められている。この検出は、インフレーション由来の「原始重力波」の存在を裏付ける決定的な証拠になると期待されている。
今回の研究では、CMBデータセットから間接的に抽出されたBAOに関する情報と、BAOデータセットから直接抽出された情報との詳細な比較が行われた。すると両者の間に微小な不整合性が発見され、この差異が、統合解析においてスカラースペクトル指数の値を押し上げていたことが示されたとした。
さらに、この指数の変動が、物質密度などの後期宇宙のパラメータ変化と連動していることも実証された。つまり、観測された値の偏移は、インフレーション物理学における新発見ではなく、データセット間の一貫性の欠如に由来する可能性が高いことが示唆されたのである。
偏移の原因は、未知の系統的誤差や解析手法の選択に潜んでいる可能性に加え、未知の新物理に起因する可能性もあるという。研究チームは、両データ間での不一致が解消されるまでは、特定のインフレーションモデルについて確たる結論を導くべきではなく、データセット間の不整合を慎重に評価することが不可欠であるとしている。