福井大学は3月16日、ラットを用いた動物実験により、嗅覚情報を受け取る脳領域「嗅結節(きゅうけっせつ)」の前内側部に、甘味に対する“おいしい”という快反応を増幅する特定領域「ヘドニック・ホットスポット」が存在することを見出し、その領域を刺激すると、他の快情動関連領域も同時に活性化することが確認され、嗅結節が匂いと味を統合し「風味による満足感」を生み出す神経ネットワークの一部として働く可能性が示されたと発表した。
同成果は、福井大 学術研究院 医学系部門の村田航志助教と米・ミシガン大学のケント・ベリッジ教授の研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」と米国神経精神薬理学会が共同で刊行する脳と行動のメカニズムを扱う学術誌「Neuropsychopharmacology」に掲載された。
風味から得られる満足感に関する新たな知見
「おいしさ」と表現される味覚に関わる快情動は、ヒトに限ったものではなく、多くの動物においても、食物を選択し摂取する上で重要な役割を果たしている。これまでの動物を用いた研究により、脳内には甘味に対するおいしさを示す快反応を制御する「ヘドニック・ホットスポット」が、広範な脳領域の中に点在していることが明らかにされていた。
主要なヘドニック・ホットスポットの1つは「側坐核」で、これは「腹側線条体」という脳区分を構成し、快情動や報酬へのモチベーションの形成に関わっている。この腹側線条体の中に存在するのが嗅結節で、この脳領域は嗅覚情報を受け取ると同時に、脳領域「腹側被蓋野」から神経伝達物質の一種であるドーパミンも受け取っている。
味覚反応テストでは、口腔内にカニューレを通じて甘いスクロース溶液(砂糖水)を注入し、リズミカルな舌出しや前肢舐めなどの特徴的な口部運動を詳細に解析することで、おいしいという快反応を定量的に評価することが可能だ。
嗅結節の機能は、行動薬理学的手法を用いて検証が行われた。嗅結節の前内側部または前外側部に微量の薬物を注入し、味覚反応テストへの影響が比較された。前内側部においては、脳内で快感や鎮痛に関わる神経伝達物質群「オピオイド」が作用する受容体を活性化させる作動薬「DAMGO」、視床下部で産生される神経ペプチドで覚醒や摂食行動を調節する「オレキシンペプチド」、神経伝達物質「GABA」の受容体に作用する作動薬「ムシモール」のいずれによっても、甘味に対するおいしさ反応が大きく増強されたとした。
一方、隣接する前外側部ではおいしさ反応の増強は見られず、オピオイド受容体作動薬ではむしろおいしさ反応が抑制されたという。これらの結果は、嗅結節内部においしさ反応を高める領域と抑える領域が、精密に配置されていることが示されているとした。
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ラット嗅結節のヘドニック・ホットスポット。DAMGOなどを嗅結節前内側部に投与すると、甘味に対するおいしさ反応が増強する一方、前外側部に投与した場合はおいしさ反応が減弱することが判明した。(出所:福井大プレスリリースPDF)
さらに、嗅結節前内側部をDAMGOで刺激した後の脳活動が解析された。免疫染色法により、神経細胞が活動した際に発現するタンパク質である「Fosタンパク質」の発現量が増加する領域が探索された。すると、「腹側淡蒼球」や「眼窩前頭皮質」など、既知の快情動関連領域において脳活動の上昇が認められたとした。このことは、嗅結節前内側部がおいしさ反応の増強に際して単独で作用するのではなく、脳内に分散した「快情動ネットワーク」の一員として、同ネットワークの他領域と協調的に作用していることを示唆しているという。
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嗅結節ホットスポットの活性化に伴い、協調的に活性化する神経ネットワーク。DAMGOの投与により、腹側淡蒼球や眼窩前頭皮質といった既知のヘドニック・ホットスポット、および脳内報酬系を構成するドーパミンニューロンが分布する腹側被蓋野が活性化することが確認された。(出所:福井大プレスリリースPDF)
この快情動ネットワークとは、ある1つのヘドニック・ホットスポットの活性化が、他の脳領域の協調的な活性化を引き起こす様子を表現した神経ネットワークを指す。腹側被蓋野からドーパミン入力を受ける脳内報酬系に内包され、側坐核、腹側淡蒼球、眼窩前頭皮質などの脳領域が含まれる構造だ。
今回の研究により、嗅結節が甘味に対するおいしさ快情動を増幅するヘドニック・ホットスポットであることが解明された。嗅結節は嗅覚情報を受け取る脳領域であり、味覚と嗅覚が統合されて生じる「風味」によって得られる満足感に、嗅結節が重要な役割を果たしている可能性が示されたとする。
食事の目的は単なる栄養摂取にとどまらず、おいしさを楽しむことは生活の質(QOL)や精神的健康とも密接に関係している。さらに近年は、おいしさをはじめとする快情動の調節が、食欲異常や依存症などの病態と関係することに注目が集まっており、おいしさの快情動を生み出す神経回路を理解することの重要性が高まっているという。今回の成果は、おいしさの快情動の脳内メカニズムを解明し、食と脳の関係性の理解を一歩深める基盤的知見となることが期待されるとしている。