大阪公立大学(大阪公大)、大阪産業技術研究所(ORIST)、科学技術振興機構(JST)の3者は3月17日、圧縮歪み(ひずみ)により圧電性能が向上する鉛フリー圧電材料のビスマス鉄酸化物「BiFeO3」(BFO)は、実用的なシリコン半導体基板上では逆に「引張歪み」が生じてしまって性能向上は困難とみられてきたが、逆に引張歪みを積極的に利用することでシリコン半導体基板上でも構造相転移を誘起させ、圧電性能を大幅に向上させることに成功したと共同で発表した。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要。独自開発の「二軸コンビナトリアルスパッタ法」による効率的な材料探索と、シリコン半導体基板上での圧電性能向上が達成された。(出所:ORIST Webサイト)

同成果は、大阪公大大学院 工学研究科のセーンサワーン・アパイウォン大学院生(研究当時)、同・吉村武准教授、ORIST 電子・機械システム研究部の村上修一室長、同・山根秀勝研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、科学誌「Nature」系のマイクロ・ナノスケールのデバイスとシステムを扱う学術誌「Microsystems & Nanoengineering」に掲載された。

汎用成膜法でさまざまな条件を同時に評価

圧電材料は、応力による機械的な変形を電圧に変換し、逆に電圧印加によって変形を生じる特性を持つ。この性質はスマホの高周波フィルターやプリンタヘッド、イヤホンなど、現代の電子機器に不可欠なものとなっている。

近年、研究チームが注力しているのが、環境中の微小な振動から電力を得る「振動発電デバイス(エネルギーハーベスタ)」への圧電材料の応用だ。機械の振動や人の歩行、交通振動などの「微小環境エネルギー」を電気に変換できれば、IoTセンサやウェアラブルデバイスなど、電池寿命延長、あるいは完全なバッテリーレス化が実現する可能性がある。

現在主流の「チタン酸ジルコン酸鉛」(PZT)は極めて高い性能を持つが、有害な鉛を含むため、鉛フリーで高性能な代替材料が切望されてきた。BFOは鉛フリーかつ比較的高い圧電性能と適度な誘電率を併せ持ち、センサや発電デバイスに適した有力候補と目されているが、実用化にはさらなる特性向上が不可欠だった。

基礎研究レベルでは、BFOの性能を向上させられる「歪(ひずみ)誘起構造相転移」が知られている。これは、特定の酸化物単結晶基板上でBFO薄膜を成長させる際、結晶格子のサイズ差から生じる「圧縮歪み」によって、BFOの結晶構造が変化(相転移)させ、圧電性能が大幅に向上させる手法だ。

しかし、実用的なシリコンウエハ上では、シリコン(約3×10-6/℃)とBFO(約1×10-5/℃)の熱膨張係数の差が障壁となっていた。このため、高温の成膜工程から室温へ冷却する際、BFOには圧縮歪みではなく逆の引張歪みが加わってしまうのである。このため、シリコン基板上での歪みによる高性能化は不可能だと考えられてきた。

これに対し研究チームは今回、本来は不利に働くはずの引張歪みを逆に積極的に利用するという独創的なアプローチを採用。シリコンウエハ上での歪誘起構造相転移の実現に向けた研究に着手したという。

実現には、まずシリコンウエハ上に高品質な単結晶BFOを成長させる必要があった。また、デバイスの量産化を見据え、半導体産業で汎用的な「スパッタ法」のみでプロセスを完結させるという厳しい制約も設けられた。

引張歪みの大きさを最適化するには成長温度の精密制御が欠かせないが、BFOを構成するビスマスは低融点で蒸発しやすく、温度変化に伴って組成が変動してしまう。この温度と組成の相関を解明し、最適解を見出すことは極めて困難な課題であった。

そこで研究チームは、1枚の基板上で成長温度と組成を2方向に連続的に変化させ、一括で評価できる「二軸コンビナトリアルスパッタ法」という独自の成膜技術を開発。1回の実験で25通りの条件を同時に探索し、評価時間を半減させることで、最適条件の特定に要する時間を従来の約50分の1へと劇的に短縮させることに成功した。

開発されたBFO薄膜は、従来のBFO配向膜の約1.5倍、文献報告値で比較して世界最高となる、圧電係数「e31,f=-6.0C/m2」を達成。引張歪み条件下での歪誘起構造相転移による性能向上が、世界で初めて実証されたのである。

さらに、最適化した「マンガン添加BFO」薄膜を用いた超小型振動発電デバイス(MEMS)が試作された。従来の(100)配向BFO薄膜の5倍となる電気機械結合係数「K2=0.5%」が確認された。また性能指数は、従来BFOの約3.4倍、PZT並みの性能となる「K2Qm=2.7」が達成された。

瞬間的な衝撃入力(インパルス励振)に対する応答の評価では、従来比半分の重量でありながら同等の出力電圧を維持することに成功。出力の減衰時間は約3分の1となる1.2秒まで短縮され、不規則な環境振動からの効率的な発電に適した特性が示されたという。

  • 歪みを利用した圧電特性の向上における従来研究と今回の研究の比較

    歪みを利用した圧電特性の向上における従来研究(上)と今回の研究(下)の比較。従来は困難だったシリコン基板上での引張歪みを、逆転の発想で活用している。(出所:大阪公大Webサイト)

今回の成果は、鉛フリー圧電材料を用いた実用的なMEMS実現の可能性を大きく広げるものとする。特殊な結晶基板を用いず、汎用的なシリコンウエハ上にスパッタ法で単結晶レベルの薄膜を形成できる技術は、将来の量産化において極めて有利となる。研究チームは今後、スマートセンサやIoT機器、自立電源デバイスなど、幅広い応用展開も目指すとしている。