国立天文台(NAOJ)は3月13日、日本を含む4か国が国際協力で推進している超大型望遠鏡「TMT(Thirty Meter Telescope)」計画において、第一期の主要観測装置の1つである近赤外線撮像分光装置「IRIS(InfraRed Imaging Spectrograph)」が、最終設計審査(FDR)に合格したと発表した。
IRIS開発はさらに次のステージへ
望遠鏡は主鏡の口径(サイズ)が性能を大きく左右する。TMTの主鏡は完成すれば世界最大となる口径30mであり、すばる望遠鏡(口径8.2m)と比較しても口径で3倍以上、面積では10倍以上となる。日本、米国、カナダ、インドの国際協力によって、ハワイ島マウナケア山の予定で建設が進められている。すばる望遠鏡は宇宙誕生から10億年以内の初期の銀河を多数発見しているが、TMTでは宇宙誕生から間もない時期に形成された「最初の銀河」やそこで誕生した星々を捉えることも可能になると期待されている。
その科学目標は多岐にわたり、主に5つの柱で構成される。宇宙膨張の変化の直接測定する宇宙論的アプローチをはじめ、宇宙で最初に誕生した「ファーストスター」の超新星爆発に伴うガンマ線バーストの観測、超大質量ブラックホールの構造解明、天の川銀河の形成とダークマターの役割の特定、さらには太陽系外縁天体の直接撮像による太陽系形成過程の調査などとなっている。
天文学の最前線を一新するとして期待される一方で、TMT計画は現在、建設地を巡る困難な状況に直面している。建設予定地のマウナケア山は、地元ハワイの人々にとっての聖地であり、すでに多くの観測施設が集中していることから、さらなる建設に対する反対運動が継続している。世界屈指の観測条件を誇るサイトであるものの、建設開始に向けた合意形成が難航しているのが現状だ。
こうした事態を受け、スペインのカナリア諸島にあるラ・パルマ島が代替え候補地として注目されている。2025年7月には、スペインの科学・イノベーション・大学省のダイアナ・モラント大臣が、同島での建設が決定した場合には4億ユーロを拠出する意向を表明した。現時点では、マウナケア山を第1候補としつつも、結論が出ない状況に備えた選択肢の検討が並行して進められている。
一方で、計画を後押しする動きも活発化している。2026年1月、米国の商務・司法・科学に係る2026年度(2025年10月~2026年9月)歳出法案が上下両院で可決され、23日に大統領の署名を経て法律として成立した。この歳出法の上下両院による合同声明には、上院案にあった「米国国立科学財団(NSF)に対し、TMTを含む「米国超大型望遠鏡計画の両望遠鏡を、直ちに最終設計段階へと進めるよう指示する強い文言が取り入れられたとした。
ここで言及された両望遠鏡とは、チリのアタカマ砂漠・ラス・カンパナス天文台に建設予定の主鏡口径25.4m級を有し、ハッブル宇宙望遠鏡の10倍の解像度を目標とする「巨大マゼラン望遠鏡(GMT)」とTMTを指す。建設地の最終決定という大きな課題は残るものの、米国政府が開発を加速させる姿勢を明確に示したことで、計画完遂に剥けた推進力は一段と強まった格好だ。
観測機器の開発も着実に前進しており、その1つが今回審査を通過したIRISだ。IRISは、補償光学装置「NFIRAOS」と共に用いることで、0.82~2.4マイクロメートルの近赤外波長域において、極めて高い空間分解能での撮像と面分光を動じに行う。すばる望遠鏡の同種の装置と比較して約200倍もの感度を実現するほか、天体の位置を計測する「相対アストロメトリ」では、約1億分の1度になる30マイクロ秒角という人類未踏の高精度を達成するとしている。
IRISの開発は、日米加の大学や研究機関の研究者、技術者で構成される国際チームによって進められており、そのうちの撮像系サブシステムは、2013年より国立天文台 先端技術センターが担当してきた。今回の最終設計審査に向け、同センターのシステム設計グループ熱構造設計チームは、これまでにない高感度・高精度観測を担保するための設計結果Sを、600ページを超える技術文書およびCADモデルに集約して提示したとした。
審査の焦点となった主要な技術課題は、撮像系サブシステムのオプトメカニクスの設計最適化、液体窒素温度での鏡の形状誤差をナノメートル単位で予測するモデル構築、熱的外乱による光学性能変化を予測する熱構造光学解析、そして外部振動源の影響による光学性能の変化を予測する振動解析の4点である。これらはいずれも、IRISが掲げる極限の性能を実現するために不可欠な要素だ。
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液体窒素温度(-196℃)での鏡の形状誤差をモデル化するため、160mm角の凹面鏡をクライオスタット内で液体窒素温度まで冷却し、光が干渉する性質を用いて光学面の形状を測定する「フィゾー干渉計」による測定が行われた。測定セットアップ(左)、作成された有限要素法解析モデル(右)。(出所:国立天文台 先端技術センターWebサイト)
今回の最終設計審査合格により、IRIS国際チームは製造に向けた大きなマイルストーンを通過することに成功した。今後は、製造環境の整備や主要コンポーネントの発注準備、さらには検証計画の詳細化に取り組み、次世代天文学の扉を開くための準備を本格化させるとしている。
