NTTと北海道大学(北大)の両者は2月27日、宇宙放射線「陽子」と大気中「中性子」について、それぞれによる半導体の誤動作(ソフトエラー)の発生率が、宇宙空間で80%以上を占める20MeV以上の運動エネルギー帯においては同等であることを実証したと共同で発表した。

  • 中性子照射試験を宇宙用機器の陽子ソフトエラーリスク評価に活用するスキーム

    地上向けの中性子照射試験を、宇宙用機器の陽子ソフトエラーリスク評価に活用するスキームのイメージ。(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、北大大学院 工学研究院 応用量子科学部門 中性子ビーム応用理工学研究室の佐藤博隆准教授、同・量子ビーム応用医工学研究室の高尾聖心准教授らと、NTT 情報ネットワーク総合研究所の共同研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行する原子力科学および工学を扱う学術誌「IEEE Transactions on Nuclear Science」に2本の論文として掲載された(論文1本目論文2本目)。

宇宙環境での障害評価を中性子試験のみで実現

宇宙空間は宇宙放射線が飛び交う、地上の数千~数万倍もの極めて過酷な放射線環境だ。強力な太陽フレアによって放射線量が突発的に増加することも珍しくない。こうした環境で通信や観測などの機器を安定動作させるには、宇宙放射線が電子機器に与える影響の事前評価・対策が不可欠となる。しかし現状、そのための試験は主に学術利用向けの加速器施設に依存しており、産業利用に対応した試験機会の確保が大きな課題となっていた。

地表は分厚い大気や地球磁場に守られ、宇宙放射線は直接的には届きにくいものの、大気中の原子などと衝突して生じる二次宇宙線として中性子などが降り注いでいる。地上のネットワーク機器では、この中性子に起因して半導体メモリの一部データが書き換わるソフトエラーが深刻な課題とされてきた。これまでNTTでは、この中性子によるソフトエラー対策を進めてきた。

一方、近年は宇宙ビジネスが拡大しており、安価で高性能な地上用民生機器を宇宙空間でも利用したいという要望が増加している。また、宇宙利用が単体機器からネットワーク化したインフラへと広がるにつれ、過酷な環境下での高い信頼性が求められるようになってきた。そのため、ソフトエラーによるサービス障害リスクの定量評価と対策が、かつてなく重要視されている。

  • 宇宙放射線に起因するソフトエラーの数々

    地上から宇宙に至るまでの、宇宙放射線に起因するソフトエラーの数々。(出所:共同プレスリリースPDF)

加えて、宇宙環境では陽子、地上環境では中性子が支配的であることから、従来の評価試験では粒子種ごとに分かれていたことが、コストの増大や試験機会の確保の障壁となっていたとする。また陽子照射試験は、照射面積やビーム条件の制約により、筐体を含む機器全体の評価が難しい場合があり、試験回数や工数の増加を招く一因となっていた。

このような背景の下、研究チームは今回、地上向け機器で確立してきた中性子照射試験の枠組みを宇宙向け機器の評価にも活用できる可能性に着目。宇宙環境で支配的な陽子と、地上で支配的な大気中性子による「ソフトエラー発生率」(単位面積あたり1個の放射線粒子がソフトエラーを引き起こす確率)の相関関係を詳細に解明することを目指したという。

今回の研究ではまず、量子科学技術研究開発機構 高崎量子技術基盤研究所で10~65MeVの陽子照射試験を実施し、ソフトエラー発生率が測定された。さらに、より高エネルギー帯のデータを取得するため、通常は医療用として利用される北大病院 陽子線治療センターを活用。がん治療用条件を電子機器評価向けに換算して試験を行うことで、70~220MeVにおける陽子によるソフトエラー発生率が測定された。

  • 北大病院 陽子線治療センターの設備概要

    電子機器の評価試験に活用された北大病院 陽子線治療センターの設備概要。(出所:共同プレスリリースPDF)

これらの測定結果と中性子によるソフトエラー発生率を、複数の半導体デバイスを用いて運動エネルギー依存性の観点から詳細に比較。その結果、宇宙空間で陽子の80%以上を占める20MeV以上の帯域において、陽子と中性子のソフトエラー発生率が同等であることが初めて実証された。

  • 陽子と中性子におけるソフトエラー発生率の同一性を示すグラフ

    今回実証された、陽子と中性子におけるソフトエラー発生率の同一性を示すグラフ。(出所:共同プレスリリースPDF)

続いて、中性子ソフトエラー発生率の測定手法の高精度化も実施された。これにより、低エネルギー帯から100MeV級の高エネルギー帯までを一度の照射試験で評価する手法が確立された。

  • 陽子・中性子ソフトエラー発生率の測定フロー

    ネットワーク機器に対する陽子・中性子ソフトエラー発生率の測定フロー。(出所:共同プレスリリースPDF)

具体的には、特定の中性子照射方式で過大となるエネルギー測定精度の低下を補正する手法が開発された。これにより、J-PARCセンターに設置された中性子源特性試験装置においても、100MeVまでの交代粋な中性子ソフトエラー発生率測定に成功。従来は運動エネルギー帯ごとに複数回必要だった照射試験を1回に集約できるため、評価の劇的な効率化が可能となる。

照射範囲が広い中性子照射試験を宇宙向け評価に展開できれば、筐体を含む機器全体の評価が容易になる。開発段階でソフトエラーリスクを精度良く見積もれるため、運用前の対処につなげることが可能となる。特に、筐体を含む機器全体を対象とする場合、陽子照射で必要だった試験の分割や段取りを大幅に簡略化できるため、試験回数や準備工数をさらに削減でき、さらなるコスト低減効果が期待できるとした。

NTTは今後、商用化済みの地上向け電子機器のための中性子ソフトエラー試験サービスに今回の成果を組み込み、宇宙環境向け評価まで対応した商用サービスの早期実現を目指すとのこと。加えて、重イオンなどの他の宇宙放射線による損傷を含む包括的な信頼性評価へと対象を拡大していく方針だ。さらに、今回の成果を実環境で検証するため、国際宇宙ステーションの曝露部で実証を行う「PEGASEUS計画」を通じ、評価精度のさらなる向上を図るとする。

これらを基に、同社は宇宙ビジネスブランド「NTTC89」のもとで技術とサービスを磨き、国内外のメーカーや宇宙インフラ事業者をはじめとする幅広い顧客にこの評価手法・試験サービスを提供してくという。これにより、安心・安全な宇宙利用の拡大に貢献していくとしている。