宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月19日、X線分光撮像衛星「XRISM」を用いて、X線で最も明るい銀河団である「ペルセウス座銀河団」における高温ガスの運動を精密に測定した結果、銀河団中心部では超大質量ブラックホールが、その外側ではダークマターに支配された銀河団の成長が、それぞれ異なる「嵐」を引き起こしていることを、世界で初めて観測的に切り分けることに成功したと発表した。

  • X線天文衛星「チャンドラ」によるX線画像とXRISMの観測でわかったガスの動き

    米国航空宇宙局(NASA)のX線天文衛星「チャンドラ」によるX線画像と、XRISMの観測領域および観測からわかったガスの動き。(c)JAXA(出所:XRISM 公式サイト)

同成果は、国内外の150名弱の研究者が参加する国際共同研究チーム「The XRISM Collaboration」によるもの。詳細は、シュプリンガー・ネイチャー社が刊行する世界最高峰の総合学術誌「Nature」に掲載された。

宇宙のエネルギー収支は、ダークエネルギーが約68.3%、ダークマターが約26.8%を占め、人類が観測可能な通常物質(バリオン)は5%に満たない。ダークエネルギーとダークマターは一見似た名称だが、宇宙に対する作用は真逆だ。ダークエネルギーは宇宙膨張の主要因であり、今この瞬間も遠方銀河を遠ざけ続けている。

一方、ダークマターは通常物質とは重力で相互作用し、その諒は通常物質の5倍以上に及ぶ。そのため、銀河の中心部ほど集積して強大な重力を発生させ、物質をつなぎ止めている役割を担う。つまり、宇宙では常にこの2つが競っており、ダークエネルギーが優勢な遠距離では宇宙は膨張しているが、局所的にはダークマターが加担する重力が打ち勝ち、星々が集まって銀河を構成しているのである。

さらに、強い重力により、多いものでは数百もの銀河が数百万光年もの空間内に集まり、銀河団や超銀河団を形成する。銀河団は、現在もダークマターの重力により物質を取り込みながら成長を続けており、集められたガスは加熱され、太陽の表面温度(約6000℃)の5000倍以上もの数千万℃もの超高温にも達する。

この超高温ガスは「銀河団ガス」と呼ばれ、その高温ゆえに強いX線を放射する。さらに、多くの銀河団の中心には巨大銀河が存在し、その中心には太陽の数百万倍から数十億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが潜んでいるとされている。

これまでも、銀河団ガスは静止しておらず、銀河団の成長やブラックホールの活動に伴い、嵐のような複雑な運動をしていると予想されていた。しかし、このガスの運動を直接測定することは困難だった。そこで活用されたのがXRISMだ。高温ガスに含まれる元素は、それぞれ固有のスペクトルを持ち、それらはドップラー効果により我々に近づけば青側に、遠ざかれば赤側にシフトする。XRISMは、このわずかな変化を高精度で測定し、ガスの速度を導き出せるのである。

この挑戦は、XRISMの先代である日本の6番目のX線天文衛星「ひとみ(ASTRO-H)」から始まった。ひとみは運用期間が約1か月と短かったものの、地球から約2億4000万光年彼方に位置する「ペルセウス座銀河団」の中心部およそ20万光年の領域で、ガスの嵐の兆候を捉えることに成功した。今回の研究では、XRISMがその後を引き継ぎ、観測範囲を80万光年にまで広げ、銀河団ガスの詳細を調べたという。

ガスの速度地図が描き出された結果、ペルセウス銀河団中心の超大質量ブラックホール周辺では、視線方向の速度幅が秒速200km(ガスの音速の35%)、その外側では秒速80kmまで低下、さらに外側では再び秒速200kmに上昇するという特徴的なV字型パターンが明らかにされた。

これは“台風”と“竜巻”に例えられる。台風は広い範囲にわたって大気を動かすが、竜巻は狭い領域に短時間で甚大な影響を及ぼす。一般に大規模な流れは、より小さな無秩序な運動である「乱流」を生み出す。飛行機が揺れるのも、大規模な大気の流れが、小さな渦や不規則な気流を生み出しているためだ。

  • 大規模な流れから小さな渦が発生する乱流のイメージ

    大規模な流れから小さな渦が発生する乱流のイメージ。(c)JAXA(出所:ISAS Webサイト)

V字パターンの外側で見られる大きなガスの運動は、ダークマターの重力に導かれて銀河団が100億年かけて成長してきたことによる台風のような嵐に例えられる。これは、銀河団が現在も、周囲の物質を取り込んでいる証拠ともいえる。

一方、銀河団の中心ではより小さく激しい竜巻のような嵐が発生している。その原動力として有力視されるのが、中心の超大質量ブラックホールだ。ペルセウス座銀河団の超大質量ブラックホールは、太陽質量の約8億倍、天の川銀河の中心に位置する「いて座A*」の200倍もの質量を誇る。

  • 軟X線分光装置「Resolve」が捉えたペルセウス座銀河団中心部の高精度スペクトル

    XRISMに搭載された軟X線分光装置「Resolve」が捉えた、ペルセウス座銀河団中心部の高精度スペクトル。(c)JAXA(出所:XRISM 公式サイト)

ブラックホールはすべてを吸い込むイメージが強いが、実際には周囲に形成される降着円盤中のガスが、相対論的な速度のジェットや「アウトフロー」(ブラックホール風)として放出される。その結果、周囲の銀河団ガスにはエネルギーが絶えず注ぎ込まれる。XRISMは、こうした活動が、中心部のガスをかき混ぜ、小さな嵐を生み出している様子を始めて直接捉えた形だ。

このようなブラックホールからのエネルギー供給は、宇宙における星形成の歴史を理解する重要な手がかりとなる。星の多くは、星形成がピークを迎えた約100億年前(宇宙誕生から35億~45億年が経過したころ)の「宇宙の正午」と呼ばれる時代に誕生した。その後、星形成は沈静化し、現在では天の川銀河の場合は年に太陽質量1~3個分と見積もられている。星の誕生には冷たいガスが必要だが、超大質量ブラックホールによりガスが加熱されると星は生まれにくくなる。このように超大質量ブラックホールは銀河の進化そのものにも影響を及ぼしている可能性が高いと推測されている。

今回、XRISMによって銀河団ガスの運動地図が描き出されたことで、ダークマターや超大質量ブラックホールといった「見えない存在」が、宇宙の天体の進化にどのような役割を果たしているのかを解き明かす新たな扉を開いたとしている。