九州大学(九大)は2月13日、これまで古典的に記述されると考えられてきた連星ブラックホールからの重力波について、重力を媒介する未発見の素粒子「重力子(グラビトン)」の量子状態を定量的に評価した結果、10-4のオーダーで無視できない規模で古典的な重力波に最も近い「コヒーレント状態」からのズレが存在することを明らかにし、初めて連星ブラックホールからの重力波の量子力学的な記述に成功したと発表した。

  • 連星ブラックホールからの重力波に潜む量子性のイメージ

    連星ブラックホールからの重力波に潜む量子性のイメージ(出所:九大プレスリリースPDF)

同成果は、九大大学院 理学研究院の菅野優美准教授、神戸大学大学院 理学研究科の早田次郎教授、九大大学院 理学府の谷口彰大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

アインシュタインが提唱した一般相対性理論では、重力は空間の歪みとして表される。しかし、この相対性理論はミクロの物理法則である量子論との相性が極めて悪く、ブラックホールの中心にあるとされる「特異点」を調べようとすると、密度が無限大となって物理学が破綻してしまう。そこで、重力を量子論の枠組みに取り入れた「万物の理論」とされる「量子重力理論」の構築が世界中の研究者によって目指されているが、いまだ完成には至っていない。

これまで、量子重力理論の有力候補として、素粒子は粒ではなく極めて短い「ひも」からできているとする「超弦理論」のような数理物理学的なアプローチでの研究が進んできた。しかし現在は、観測や実験による検証を重視した現象論的なアプローチが重要視されている。もし重力と量子論が統一されるならば、ブラックホール同士の合体などが生み出す重力波の小隊は、その量子論的な励起状態である重力子の集まりである可能性がある。

自然界には、電磁気力・強い力・弱い力・重力という4つの力があり、それぞれの力を媒介する「ボソン」と呼ばれる素粒子グループが存在している。電磁気力を媒介するのは光子、陽子や中性子などの内部でクォークをつなぎ止める強い力はグルーオン、放射性崩壊などに関わる弱い力はウィークボソンが担う。重力も、力を媒介する素粒子として重力子が存在すると考えられているが、現時点では発見されていない。そこで研究チームは今回、量子重力理論の感性に向けた手がかりを得るべく、重力波に潜む量子性の解明に取り組んだという。

今回の研究では、重力の量子論を研究するための指針として、すでに確立されている電磁場の量子論が参考にされた。電磁場の量子論的な励起状態は、光子(フォトン)である。光子は量子力学的に記述される粒子だが、マクロな現象である古典的電磁波を量子論の枠組みでどのように記述できるかが、今回の研究のヒントとなったとした。

光子の量子状態の中で、量子でありながら古典的な電磁波に最も近い振る舞いをする特別な状態は「コヒーレント状態」と呼ばれる。研究チームは、古典的電流が存在する時に表される量子状態の時間発展演算子を、重力波に当てはめることで、重要な知見を発見するに至ったとする。

古典的なエネルギー運動量が存在する時の量子状態の時間発展演算子を解析すると、重力子のコヒーレント状態が生成されることがわかる。ここで注目すべきは、電磁場の場合と違って、重力場の場合には一般に「非線形係数」が含まれる点だ。この項は、量子ゆらぎを一方向だけ押し縮めた量子状態である「スクイーズド状態」を生成する。これにより、連星ブラックホールが放射する重力子の量子状態を定量的に評価し、どの程度コヒーレント状態からずれているのかを明らかにすることに成功した。

  • 古典的な電流が存在する時の量子状態の時間発展演算の式

    古典的な電流が存在する時の量子状態の時間発展演算の式。(出所:九大プレスリリースPDF)

  • 古典的なエネルギー運動量テンソルが存在する時の量子状態の時間発展演算子の式

    古典的なエネルギー運動量テンソルが存在する時の量子状態の時間発展演算子の式。(出所:九大プレスリリースPDF)

これまで、連星ブラックホールからの重力波は古典的な波動として記述されると信じられてきた。しかし今回の研究により、10^-4のオーダーでコヒーレント状態からのズレが存在することが明らかにされた。この発見は、観測不能と考えられていた重力の量子効果が、実は定量的に評価可能なレベルで潜んでいることを示しており、量子重力理論への確実な一歩を踏み出したことを意味するとした。

また今回の成果は、重力子の発見に迫るための画期的なステップとなるという。今後は、このスクイーズド状態を検証するため、「ハンブリー・ブラウンとトゥイス型」の強度干渉計を利用した重力波観測が必要になってくるとする。なお、同干渉計は元々は天体の大きさを測るための装置・手法だったが、現在では量子性を検証するために利用されている。さらに、今回の成果は初期宇宙のインフレーション中に生成されたと考えられている原始重力波の量子性検出にも応用できることが期待されるとしている。