大阪大学(阪大)、理化学研究所(理研)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンターの4者は1月19日、原子の並びが氷のように乱れた物質において、極低温下でも電子の「量子スピン」は凍ることなく、揺らいでいる「ランダム・シングレット状態」にあることを初めて明らかにしたと共同で発表した。
-

(a)三角形の格子における電子スピンのフラストレーションの例。矢印はスピンの向きを示す。(b)スピンが揺らぐ「ランダム・シングレット状態」の概念図。赤矢印の孤立スピンと、赤い楕円で示されたスピン対が揺らいでいる様子が表されている(格子は少し歪んだ形で描かれている)。(出所:KEK SWebサイト)
同成果は、阪大大学院 理学研究科の花咲徳亮教授、同・山下智史助教、同・中澤康浩教授、同・村川寛助教、同・酒井英明教授(現・東北大学 金属材料研究所所属)、阪大大学院 基礎工学研究科の椋田秀和准教授、同・八島光晴助教、茨城大学大学院 理工学研究科の中野岳仁准教授、理研 仁科加速器科学研究センターの渡邊功雄上級研究員、KEK 物質構造科学研究所の幸田章宏教授、同・本田孝志助教、同・大友季哉教授、同・佐賀山基准教授、日本原子力研究開発機構 物質科学研究センターの樹神克明研究主幹らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
電子のスピンの向きは上向きか下向きの2通りがある。3個の電子が三角形を形成する格子状において、隣り合うスピンを逆向きにしようとする相互作用が働く場合、どれか2つは必ず同じ向きになってしまうため、すべての相互作用エネルギーを最小化できない状態が生じる。これが「フラストレーション」と呼ばれる現象だ。
電子スピンの角運動量の大きさが最小である「量子スピン」において、三角形のようなフラストレーションをもたらす格子では、量子スピンが極低温まで揺らぎ続けるのか(ランダム・シングレット状態)、あるいは凍結するのかは長年の課題だった。また、原子配列の乱れがこの状態を安定化させるのかどうかも不明だったため、研究チームは今回、スピネル型チタン酸化物を用いてこれらの謎に挑んだという。
今回の研究では、「比熱測定」、「核磁気共鳴(NMR)測定」、「ミューオン・スピン緩和(μSR)測定」、「中性子PDF(原子対相関関数)解析」という4つの実験法を用いて、電子の量子スピンが極低温まで揺らいでいる特異な状態が調べられた。なお、対象としたスピネル型酸化物とは、化学式がAB2O4で表される物質で、Aにはアルカリ土類金属原子、Bには遷移金属原子が入る傾向がある物質群だ。
まず、電子スピンの凍結有無を確認するため、比熱測定が行われた。その結果、絶対零度に近づいても、比熱を温度で割った値が有限の値を示した(ゼロには近づかなかった)。これは、電子状態を励起するのに有限の熱エネルギーを必要としないこと、つまり、極低温でも電子スピンが特定の状態に固定されず、多様な状態を取りうることを示しているとしている。
次にスピン状態を微視的に調べるため、NMR測定が行われた。その結果、スペクトルには鋭いピークと広い裾野が確認された。前者は多くの電子が非磁性の対を形成していることを、後者は(内部)磁場を発生させる孤立した電子スピンの存在をそれぞれ示しているとした。
さらに、μSR測定によって孤立スピンのダイナミクスが解析された。その結果、実験データは孤立スピンが二次元的に動いていると仮定したシミュレーションで再現され、孤立スピンがナノ秒程度の時間スケールで揺らいでいることが判明。これらの一連の結果は、理論的に予想されていた「ランダム・シングレット状態」の特性に合致するものだったという。
-

スピネル型酸化物「Mg1.25Ti1.75O4」で得られた実験データ。(a)電子比熱の温度依存性。(b)チタン原子核のNMRスペクトル。μHは磁束密度。(c)μSR率の磁場依存性(出所:J-PARCセンターWebサイト)
そして中性子PDF解析の結果、この得意な状態は、チタン原子の配列に氷のような構造的乱れがある場合にのみ現れることが突き止められた。つまり、電子スピンの量子性、幾何学的フラストレーション、そして物質の構造的乱れの3要素が相乗的に働くことで、極低温でもスピンが凍結せずに揺らぎ続ける機構が明らかになったのである。
今回の成果は、量子スピンの揺らぎを安定化させるメカニズムの解明に大きく寄与し、物質が低温で凍りつく条件、あるいは凍らない条件という物理学の根本的な問いへの理解を深めるものとする。また、多数の量子スピンがもつれながら揺らぐ状態の制御は、将来的な量子コンピュータなどの次世代量子技術へ応用される可能性も期待されるとしている。