東北工業大学(東北工大)と東北大学の両者は1月6日、毒性を有するものの結晶化しているために、環境中への漏洩のリスクがカドミウムや鉛ほど高くないとされるヒ素化合物の「ヒ化インジウム(InAs)コロイド量子ドット」を用いた「単一電子トランジスタ」(SET)において、磁場下での電気伝導特性を解析することで、単一スピン状態の評価と制御に成功したと共同で発表した。

同成果は、東北工業大 工学部 電気電子工学課程の柴田憲治教授、同・滝口智稀学部生、同・佐藤明学部生、同・佐々木悠人学部生、東北大 材料科学高等研究所の大塚朋廣准教授(東北大 電気通信研究所/東北大大学院 工学研究科 電子工学専攻/東北大 先端スピントロニクス研究開発センター兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンス/テクノロジーを扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。

環境調和材料で新たな量子・スピン技術実現へ

「人工原子」とも呼ばれる量子ドットは、原子に類似した離散的なエネルギー準位を持つ半導体ナノ微粒子であり、高い制御性を特徴とする。中でも半導体コロイド量子ドットは、溶液プロセスによる製造が容易なため、太陽電池などの光電デバイスの活性層材料として有望視されている。

しかし、コロイド量子ドットを光電デバイスに応用するには、その光学的・電気的性質の詳細解明が不可欠だ。比較的評価が容易な光学的特性の研究は進展している一方、単一の極微小量子ドットにおける電子輸送やスピン状態の評価は技術的に困難なため、電気的特性については未解明の課題が数多く残されていた。

量子ドット1個の電気的性質を評価・制御する手段として有効なのが、SETだ。電子を1つずつゲート電圧で制御して流せる極低消費電力素子であり、量子ドット単体の電気的特性を捉えられるだけでなく、量子情報処理のキーデバイスとしても注目される。そうした中、研究チームは2年前、1個の「硫化鉛(PbS)コロイド量子ドット」を用いたSETを作製し、単一量子ドットの電気伝導の詳細な評価と室温動作に成功した。

しかし、PbSは毒物の鉛を含む材料だ。同じ毒物でも水溶性のカドミウムほどではないが、酸性条件下では環境に溶出しやすく、粉塵としての飛散リスクも存在する。そのため、EUの電気・電子機器中の有害化学物質規制である「RoHS」にも、規制対象物質として含まれている。そこで研究チームは今回、鉛を含まない材料によるコロイド粒子ドットを用いて、SETの作製を試みたという。

今回の研究では、InAsコロイド量子ドットが着目された。ヒ素も毒物ではあるが、カドミウムや鉛とは異なり、結晶化していることから環境中への漏洩は起きにくいとされ、現時点でRoHSにも含まれていない。今回は、このヒ素を含む市販のInAsコロイド量子ドット溶液を用いてSETが作製された。量子ドット中の電子数の制御は、ゲート電極として導電性シリコン基板が用いることで行われた。

  • 金属電極とInAsコロイド量子ドットの電子顕微鏡像と、単一InAsコロイド量子ドットSETの試料構造と測定回路の模式図

    (a)ナノメートル間隔の金属電極と、電極間に分散したInAsコロイド量子ドット(直径約6nm)の電子顕微鏡像。(b)単一InAsコロイド量子ドットSETの試料構造と測定回路の模式図。ソース・ドレイン電極間に電圧を印可して量子ドットを介した電流を測定し、ゲート電極に電圧をかけることで量子ドットを流れる電流を制御できるトランジスタ構造となっている。(出所:共同プレスリリースPDF)

低温での測定により、電子が1つずつ量子ドットを介して流れることを示す菱形構造(クーロンダイヤモンド)が明瞭に観測され、素子がSETとして機能することが確認された。特に、サイズが約6nmの量子ドットを用いた素子では、電子間相互作用が室温の熱エネルギーを大きく上回るため、室温でもSETとして動作することが実証された。これは、コロイド量子ドットを用いたSETとして、PbSに続く2例目の室温動作となる。

  • 直径5.6nmの単一InAsコロイド量子ドットSETにおいて観測された電気伝導特性

    直径5.6nmの単一InAsコロイド量子ドットSETにおいて、(a)低温(絶対温度4K/約-269℃)と(b)室温(290K/約17℃)で観測された電気伝導特性。電子が1つずつ量子ドットを介して流れることを示すクーロンダイヤモンドが室温でも同様に観測されたことから、この素子が室温でもSETとして動作することが示された。(出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、磁場中での特性変化が解析された。その結果、量子ドット内の同一軌道に形成されるスピンの向きが異なる2つの電子準位に由来する伝導度ピークが、磁場により大きくシフトすることが判明。2つのピーク間隔は磁場に比例して増加し、「ゼーマン効果」による電子のエネルギー準位の分裂が明確に捉えられた。

また、この振る舞いから導出された電子の磁場感度を表す「g因子」は、非常に大きな値である15を示した。このような顕著なスピン応答が得られた背景には、InAsが本質的に強いスピン軌道相互作用を持つ材料であることがあり、これが単一スピン状態の検出と制御を可能にした主要な要因と考えられるという。

  • 単一InAsコロイド量子ドットトランジスタにおける電気伝導特性などの変化

    (a)直径7.1nmの単一InAsコロイド量子ドットトランジスタにおける、4Kでの電気伝導特性の磁場による変化。スピンの向きが異なる2つの電子準位を電流が流れることに対応する2つの伝導度ピークの位置が、磁場に依存して変化する様子が観測された。(b)2つの伝導度ピーク位置の磁場による変化量。(c)2つのピーク間隔の磁場による変化量。ピーク間隔が磁場に比例して増加し、元来は同一エネルギーだった電子準位がゼーマン効果により分裂する様子が観測された。この様子から、g因子は15という極めて大きな値を示した。(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の研究成果は、コロイド量子ドットの光電デバイスへの応用に貢献するだけでなく、量子効果が顕著な極微小量子ドットを活用した量子情報デバイスやスピントロニクス技術への展開にも新たな可能性を拓くことが期待されるとしている。