立教大学、科学技術振興機構(JST)、山形大学、大阪大学(阪大)、九州工業大学(九工大)、早稲田大学(早大)の6者は12月19日、導電性高分子「自己ドープ型ポリチオフェン」(S-PEDOT)の電気伝導状態を多価アミンによる化学的な脱ドープで精密制御し、正孔(ホール)とプロトン(水素イオン)が共に伝導キャリアとして機能する「本質的なホール-プロトン混合伝導状態」を創出することに成功したと共同で発表した。

  • 今回の系におけるホール-プロトン混合伝導状態の概念図およびマテリアルリザバーコンピューティング素子の性能向上を示したグラフ

    (a)S-PEDOTの化学構造。(b)脱ドープ分子の多価アミンの化学構造。(c)今回の系におけるホール-プロトン混合伝導状態の概念図。(d)混合伝導状態を示す条件にてマテリアルリザバーコンピューティング素子の性能(波形生成タスクの精度)が向上することを示したグラフ。(出所:阪大Webサイト)

同成果は、立教大 理学部の永野修作教授、同・石﨑裕也助教、山形大 理学部の松井淳教授、阪大大学院 理学研究科の松本卓也教授、同・三坂朝基助教、九工大大学院 生命体工学研究科の田中啓文教授、早大 理工学術院の長谷川剛教授を中心に、東ソー、山梨大学、香川大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、多様な分野の基礎から応用までを扱う学際的な学術誌「Advanced Science」に掲載された。

イオン活用ニューロモルフィック分子ネットワークを実証

ソフトウェアベースの演算処理に依存する現在のAIは、莫大な計算コストや消費エネルギーの増大が深刻な課題だ。こうした中、脳の神経回路を模倣し、低消費電力かつ高速な学習・演算が期待される「リザバーコンピューティング」が近年注目を集めている。

リザバーコンピューティングにおいて、入力層と出力層の間の「リザバー層」を、ソフトウェアではなく光や電子などのミクロなものから物理的な実態を持つものまで多様な媒体で代替する手法が「物理リザバーコンピューティング」である。その中で、特に材料そのものに演算を行わせるものは「マテリアルリザバーコンピューティング」と呼ばれ、素子構造の単純さや低消費エネルギーでの高速な学習・演算が期待されることから、関心を集めている。

これまで、金属ナノ粒子や有機半導体材料など、主にエレクトロニクスベースの多様な材料系においてマテリアルリザバー素子が報告されてきた。そこでは、脳内の神経ネットワークを模倣した情報伝達経路や非線形の電気特性、短期記憶特性、高次元性といった諸特性の重要性が示唆されている。

プロトンなどのイオン種は、生体内では情報担体として重要な役割を担うが、電子に比べ質量が大きく、移動度が桁違いに小さいため、人工的な利用は限定的だった。イオン-電子混合伝導性の高分子材料であっても主要な伝導キャリアは電子が担い、電子とイオンを協奏的に活用するデバイスの例は極めて少なかったという。

そうした中、優れた電気伝導特性を持つS-PEDOTはリオトロピック液晶性を示し、ホール伝導部位である高分子主鎖とプロトン伝導部位である高分子側鎖が相分離してラメラ構造を形成する。そこで研究チームは今回、S-PEDOT薄膜が形成するホール伝導チャネルを多価アミンを用いた化学的脱ドープ処理で制御し、プロトン伝導度とのバランスを取ることで、本質的な混合伝導状態の発現を試みたという。

脱ドープしたS-PEDOT膜は、調温・調湿下における電流-電圧測定と交流インピーダンス測定の結果、相対湿度(RH)に応じてホール伝導とプロトン伝導の寄与が可逆的に切り替わることが明らかにされた。また、RH=60~80%の条件下において、ホールとプロトンの両キャリアの伝導度が同程度となり、本質的な混合伝導状態となっていることが実証された。加湿に伴うプロトン伝導度の増大は、従来の混合伝導性高分子材料にはないS-PEDOT特有の秩序化したナノ構造(ラメラ構造)に由来することが考えられるとした。

さらに、調製されたS-PEDOT薄膜は、リザバー演算に求められる特性(非線形性・短期記憶特性・高次元性)を示すと共に、リザバー演算におけるベンチマークタスクを用いた検証では、混合伝導状態が確認されたRH=60~80%の湿度条件下において、リザバー演算性能が最大となることが判明した。以上より、これらの特性が、ホールとプロトンが協奏的に伝導する混合伝導状態に由来するものであると結論づけられた。

  • 電子とイオンの電気伝導度の比較図とホール-プロトン混合伝導状態

    (a)従来の混合伝導性高分子における電子(ホール)とイオン(プロトン)の電気伝導度の比較図。イオン伝導度は電子伝導度と比較して圧倒的に低いため、主要な伝導キャリアは電子となっている。(b)今回の研究で実証されたホール-プロトン混合伝導状態。脱ドープによりホール伝導度を低下させ、加湿によるプロトン伝導度を増大させることで、両キャリア伝導のバランスを取り、本質的な混合伝導状態が達成された(出所:立教大Webサイト)

今回の成果は、複数キャリアを活用することで分子ネットワーク型ニューロモルフィックデバイスの性能を向上させる新たなコンセプトを示すものだという。将来的には、リチウムイオンなど、他のイオン種を導入することで、より複雑で多様な非線形動作を実現できる可能性があるとした。これらのイオン種の活用は、生体に近い情報伝達システムと類似しており、次世代の省エネルギーAI素子の開発につながることが期待されるという。

今回明らかにされたホールとプロトンが協奏的に働く混合伝導状態は、多様で複雑な非線形応答を、極めて薄い有機薄膜で実装できることを示すものだ。混合伝導を活用することで、生体神経系に類似した電気化学的応答を材料レベルで再現できる可能性が高まり、より省エネルギーかつ柔軟性の高いニューロモルフィックデバイスの開発が進むことが期待されるとしている。