東北大学は12月15日、現実世界の複雑なダイナミクスをそのまま計算に利用する新しい機械学習フレームワーク「環境物理リザバーコンピューティング」を提案し、その実証例として道路交通流を用いた「道路交通リザバーコンピューティング」の計算性能を系統的に評価したと発表した。
また、1/27スケールの自律走行ミニチュアカーが走行するジオラマ交通実験と、格子状道路網の数値シミュレーションを組み合わせて解析した結果、交通密度が低すぎても高すぎても予測精度は低く、とりわけ渋滞が発生する臨界点の少し手前にあたる中密度領域で、将来の交通状態の予測性能が最も高くなることがわかったことも併せて発表された。
同成果は、東北大 材料科学高等研究所の安東弘泰教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
AI基盤技術の省エネ化貢献にも期待
「リザバーコンピューティング」は、時系列予測やパターン認識に適した機械学習の枠組み。複雑なダイナミクスを持つネットワーク(リザバー)に入力信号を流し、その出力を線形モデルで学習することで、高い表現力と低い学習コストを両立できるのが特徴とされる。
そしてそのリザバーコンピューティングを、電子回路、光学系、流体、機械振動など現実の物理システムに拡張したのが、「物理リザバーコンピューティング」である。デジタル計算機上のシミュレーションではなく、物理現象そのものが計算を担うため、省エネルギーで高速な情報処理が期待されている。
近年、交通予測や需要予測などに機械学習やAI(深層学習)が広く使われているが、その計算には大量の電力と高性能計算機が必要である。特に、時系列予測では大規模ニューラルネットワークが主流であり、その学習・運用コストの削減は大きな課題だ。そこで期待されているのが、リザバーコンピューティングや物理リザバーコンピューティングである。
研究チームはこれまで、すでに存在する物理システムのダイナミクスを“収穫”して計算に再利用する「環境計算」の考え方を提案し、その一例として道路交通流をリザバーと見なした道路交通リザバーコンピューティングの開発に取り組んできた。しかし、どのような交通状態の時に計算能力が最大になるのかは不明だった。そこで今回の研究では、ミニチュアカーによる室内ジオラマを用いてその検証を行ったという。
まず、信号交差点を含む室内ジオラマ上に、1/27スケールの自律走行ミニチュアカーを複数台走行させ、車両の速度、加速度、電力消費が1秒ごとに計測された。車両台数を変えて交通密度を制御し、得られたデータ列をリザバー状態とし、全車両の総消費電力、交差点手前の平均通過速度、それぞれの5秒先を予測するタスクにより性能評価が行われた。その結果、低密度でも高密度でも誤差が大きく、渋滞が始まる直前の中密度状態で予測精度が最も高くなることが判明した。
さらに、2×3の格子状道路網と最適速度モデルに基づくシミュレーションで一般性が検証された。道路ごとの車両密度の時系列を用いた、関数近似タスクや記憶容量の評価である。その結果、低密度では相互作用が弱く線形的で表現力が不足する一方、高密度では渋滞で動きが鈍るために入力の違いが出にくい(記憶容量が低下)ことが明らかにされた。また渋滞臨界点の手前に相当する中密度で、非線形性と短期記憶のバランスが最適となり、情報処理容量が最大化されることが示され、ミニチュアカーを用いた実験結果と整合的だったとした。
今回の研究では、こうした枠組みが環境物理リザバーコンピューティングとして整理された。従来は、専用に設計されたリザバーを用いていたのに対し、環境物理リザバーコンピューティングでは道路交通や電力ネットワークなど、本来は別目的で存在する社会インフラのダイナミクスを、そのまま計算資源として収穫する点が特徴だ。道路交通が、条件次第では高性能なアナログ計算機として機能し得ることが、実験とシミュレーションで示された重要な事例とした。
今回の成果により、既存の交通インフラやセンサ(監視カメラ、プローブデータなど)から得られるデータを、単なる監視・統計にとどめず、リアルタイム予測・制御を行う計算リソースとして活用する道が開けるとする。具体的には、渋滞発生を事前に予測した信号制御による混雑・CO2排出の抑制、バス・オンデマンド交通など、公共交通の運行計画の高度化、EV充電需要と道路混雑を同時に考慮したエネルギーマネジメントなどへの応用が期待されるとした。
さらに、環境物理リザバーコンピューティングのコンセプトは道路交通に限らず、エネルギーネットワーク、物流ネットワーク、群ロボット・群ドローン、人流など、多様なサイバーフィジカルシステムに拡張可能だという。研究チームは今後、デジタルツインや機械学習と組み合わせることで、「現実世界そのものが計算を担う、省エネルギー型AIシステム」の実現を目指すとしている。



