• 技術試験衛星9号機

    技術試験衛星9号機(Engineering Test Satellite-9: ETS-9)(c)JAXA

2025年12月16日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は文部科学省で開催された宇宙開発利用部会において、開発中の次世代静止通信衛星「技術試験衛星9号(ETS-9)」の打ち上げ準備完了時期を、2025年度から2026年度に延期することを発表した。今回は、2回の計画変更と実質的な打ち上げ延期が発生したETS-9開発の現状と開発課題を整理してみる。

計画変更が相次いだ衛星バス高度化実証衛星「ETS-9」

ETS-9は、2020年代に世界の商用衛星の中で日本が一定のシェア(5%→10%へ向上)を獲得するため、2017年にプロジェクトが始まった衛星バス(衛星として機能するための必要なサブシステム。電源系、姿勢制御系、推進系など)高度化の実証衛星。プロジェクト開始当時は、世界で商用静止通信衛星の通信能力が大容量化する流れに合わせ、推進系に軽量の電気推進(ホールスラスタ)を採用し、供給電力の増大に対応できる電源の大電力・軽量化技術、高排熱技術の獲得を目指す目標だった。2021年の打ち上げ目標に向け、初期段階からメーカーである三菱電機とも連携し、国際市場の動向に合わせてプロジェクト計画を進めてきたのである。

その後、世界的にStarlinkなどの低軌道(LEO)衛星コンステレーションが台頭してコンシューマー向けの衛星通信のシェアを伸ばしている。ただ一方で、静止衛星(GEO)には1機で需要の高いエリアに継続的、安定的に大容量回線を提供できるという利点がある。日本でも静止衛星は広い範囲を常時接続でカバーでき、静止衛星技術の維持・発展の意味は失われていない。通信衛星の通信容量需要は、今後10年で11倍以上になるといい、その中で静止通信衛星も3倍以上の需要増加が見込まれているという。

このETS-9の開発では、2020年に最初の計画変更があった。ひとつは、推進系に搭載する国産・海外製の電機推進システム「ホールスラスタ」の使い分け。当初は初搭載となる国産ホールスラスタを運用の中心に据える予定だったが、軌道上実証中心の運用計画に変更された。静止通信衛星にとって推進系の重要な仕事である静止化(ロケットからの分離後、静止軌道まで航行して所定の軌道に入ること)には、実績のある海外製ホールスラスタを中心とすることになった。

そしてもうひとつ、通信周波数や通信領域をフレキシブルに変更できて従来よりも大幅に高速/大容量通信が可能な「通信のフルデジタル化」にむけた実証ペイロードを追加搭載することが決定した。従来の衛星では一度決めた通信ビームや周波数配分を運用中に変更することができず、打ち上げ後に実際の需要が想定と異なっていたとしても対応が難しい。ETS-9が実証するフルデジタル化技術は、通信の大容量化に加え、限られた周波数リソースの最適化や、打ち上げ後の柔軟なサービスエリア変更(ビーム照射地域の変更)が可能となる。こうした計画変更を受けて、打ち上げ目標は2023年に延期された。その後も宇宙基本計画の工程表で打ち上げ時期が2025年度となり、「2020年代の商用衛星市場でシェア獲得」という目標は2020年代後半にずれ込んでいた。

  • フルデジタル通信ペイロードの追加搭載について

    出典:2021年6月28日 文部科学省第61回宇宙開発利用部会「技術試験衛星9号機(ETS 9)の開発状況について」

当初目標より遅れるとはいえ、世界の通信衛星市場で欧米の衛星メーカーは通信のフレキシビリティを全面的に採用した「フルデジタル衛星」の開発は進んでおり、日本の衛星メーカーが国際商談のテーブルに着くためには、このフルデジタル化技術が必須となっている。

変更に合わせて新たな技術の搭載も必要に

2020年に追加搭載することが決まったフルデジタル通信ペイロードに合わせて、衛星内部で熱の発生が増大することが見込まれたため、アクティブ熱制御実証システムの追加搭載も決まった。それまでの設計では、衛星構体のパネルとパネルの間をヒートパイプで連結し、構体パネル上に取り付けたラジエータ、展開型のラジエータの2種類で放熱するパッシブ熱制御方式だった。しかしフルデジタルペイロードはさらに発熱量が大きいため、ヒートパイプが膨大になりすぎて衛星の質量が増すことになってしまう。そこで、ETS-9では機械式のポンプを用いて、冷却用の液体を衛星で循環させて排熱する「二相流体ポンプループシステム」の搭載も決まった。

二相流体ポンプループシステムは宇宙機での利用例はまだ少なく、国際宇宙ステーション(ISS)向けの機器のほか、人工衛星向けでは2021年に打ち上げられた欧州通信衛星企業のSESが運用する静止通信衛星「SES-17」に限られている。ETS-9では、「アクティブ熱制御実証システム(ATCS)」と名付けられたこの冷却システムが海外企業からの提供を受けて搭載する予定となっていた。

  • アクティブ熱制御実証システムの追加搭載について

    出典:2021年6月28日 文部科学省第61回宇宙開発利用部会「技術試験衛星9号機(ETS 9)の開発状況について」

今回、打ち上げ延期の原因となったのはこのATCSの開発の課題だった。製造元の海外企業で遅延が発生し、システムの引渡し時期が遅れたためという。日本側の開発計画も変更となったため、2025年度中に完了する予定だった製造・試験を2026年度まで延長し、2026年度中に打ち上げ準備を完了させる目標となったという。遅延していたATCSの製造・試験はすでに完了して引き渡されていることから、製造元側でのこれ以上の遅延はないとみられる。

日本での衛星インテグレータである三菱電機では、打ち上げに向けた試験が進められており、新たな日程に向けた開発が進められている。

計画変更の審査にあたった外部評価委員は、「『産業競争力』という観点では、相手がある話なので時間軸が重要である。 当初計画の時期に打ち上がっていれば、さらに大きなインパクトがあったと思われるが、欧州のフルデジタルペイロード搭載衛星の開発遅延の状況も踏まえ、アウトカム目標は維持されていると評価する。さらなるスケジュール遅れはアウトカム目標に影響しかねないので、今のスケジュールをキープできるように頑張っていただきたい」とコメントしている。

まだ残る大目標「世界のシェア獲得」の可能性

では、コメントにある“欧州のフルデジタルペイロード搭載衛星の開発遅延”とは何か。ETS-9は当初の2021年度打ち上げ目標から2回の延期を経て、2026年度に打ち上げられれば計画の5年遅れということになる。競争力向上の観点からは小さくない影響が考えられるが、同様の開発に欧州も苦戦しているという事情がある。

衛星搭載ATCSを実現しているSES-17を開発したのは、欧州の2大衛星メーカーであるタレス・アレーニア・スペース(TAS)だ。TASは「Space Inspire」という衛星バスを開発中で、これは日本のフルデジタルペイロードと同様に軌道上で通信容量やサービス対象地域を変更できる「ソフトウェア定義ペイロード」を搭載する。2大メーカーのもう一方であるエアバス・ディフェンス・アンド・スペース(ADS)も同じくソフトウェア定義ペイロードを含む「OneSat」開発中だ。衛星の製造ではTASが先行し、SES向けに新型静止通信衛星「ASTRA 1Q」として準備中だ。Space Inspireは日本のスカパーJSATを含む世界の衛星オペレーターが次世代静止通信衛星として発注しており、静止衛星の主力になっていくと見込まれる。

しかしこのソフトウェア定義ペイロードの開発も苦戦している。2026年打ち上げ予定だったASTRA 1Qの打ち上げは2027年にずれ込む模様だ。ADSのOneSatは複数の衛星オペレーターから8機以上の衛星を受注しながらも、当初2023年だった初打ち上げの予定は延期を繰り返し不透明な状況となっている。OneSat開発計画の遅延はADSが2024年に約10億ユーロの財政損失と2500人の人員整理が発生した原因ともなっているとされる(参考リンクはこちら)。

TAS、ADSの2大メーカーはソフトウェア定義衛星の開発で苦労する原因を明かしていないが、こうした衛星はETS-9と共通する熱処理の問題を含め、開発上の課題が大きいことが背景にあるとも考えられる。

他国も遅れているからETS-9が延期してもよいというわけではないものの、技術課題を競争相手よりも少しでも先に乗り越えることができれば、「世界の商用衛星の中で日本が一定のシェアを獲得する」という大目標の実現は達成の見込みもある。またホールスラスタやATCSといった技術は、三菱電機や国立天文台が参加して開発を進める静止軌道の地球観測衛星(静止光学衛星)の実現も支える技術となる。最後まで引き締めて打ち上げ準備を完了させることが改めて望まれる。