北海道大学(北大)、宮城大学、九州大学(九大)、福岡工業大学(福岡工大)、筑波大学、東京薬科大学(東薬大)の6者は11月21日、モデルコケ植物「ヒメツリガネゴケ」の胞子(種子植物の種子に相当する生殖構造体)が実際の宇宙空間で長期間生存できることを初めて実証したと共同で発表した。

  • 「たんぽぽプロジェクト4」のミッションデカール

    「たんぽぽプロジェクト4」のミッションデカール(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、北大大学院 生命科学院のメンチャンヒョン博士研究員、北大大学院 理学研究院の藤田知道教授、宮城大 植物分子遺伝育種学研究室の日渡祐二教授、同・中村恵太大学院生、九大 理学研究院の松田修助教、九大 農学研究院の久米篤教授、福岡工大 工学部 生命環境科学科の三田肇教授、筑波大 生命環境系の富田・横谷香織講師(研究当時)、東薬大学 生命科学部 応用生命科学科の横堀伸一准教授、同・大学の山岸明彦名誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。

宇宙の旅を終えた胞子が発芽、その割合は約80%!

SF作品では、月や火星などの他の天体、あるいはスペースコロニーなどでの宇宙生活が描かれている。しかし、今後実際に人類が永続的に宇宙に進出するには、持続可能な宇宙居住の実現が不可欠であり、過酷な極限環境下でも生存できる生物を利用した生態系の構築が鍵となる。

そこで研究チームは、地球外環境での生存能力を評価する理想的なモデル生物と位置付けた“コケ植物”の宇宙利用の可能性に注目してきたとのこと。コケは約5億年前に初めて陸上に進出した植物であり、乾燥や紫外線、極端な温度変化などの過酷な環境に対する高い耐性を進化させてきた。にもかかわらず、従来の宇宙空間曝露実験は主に種子植物が対象であり、コケについての実宇宙環境下でのデータはほとんど得られていなかったとする。

そこで今回の研究では、地上での耐性試験と、国際宇宙ステーション(ISS)での実宇宙曝露実験を組み合わせ、コケの胞子の生存能力を検証し、将来的な宇宙生態系構築への応用可能性を探ったという。

また今回は胞子に加え、胞子の発芽直後に糸状に伸びる幼体部分の「原糸体」、厳しい環境で生存するために原糸体上に形成される特殊な構造を持つ「ストレス耐性細胞」という、ヒメツリガネゴケの3種類の組織を対象に、極限環境下での耐性が比較された。具体的には、各組織に紫外線(UV-C)、極低温(-80℃)、高温(55℃)、真空などの過酷な条件を与え、生存性を評価。その結果、胞子が特に高い耐性を示したことから、それを用いた実際の宇宙曝露実験が行われた。

  • ヒメツリガネゴケの茎葉体が多数生育している様子とその拡大図

    (左)ヒメツリガネゴケの茎葉体が多数生育している様子。この茎葉体は成長しても数mm~1cm程度と小型だが、極限環境への高い適応力を持ち、植物進化研究におけるモデル生物だ。(右)1本の茎葉体の上部中央に赤褐色の丸い蒴(胞子嚢)があり、その内部に多数の胞子が含まれる。茎葉体から成熟した蒴を1つずつ集めて胞子体サンプルとし、ISSで宇宙曝露実験が実施された(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の曝露実験は、日本の「たんぽぽ4」ミッションの一環として実施された。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発し、ISSの「きぼう」日本実験棟にある船外実験プラットフォームに設置された中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)上の簡易曝露実験ブラケット(ExBAS)に、乾燥状態の胞子体が搭載され、真空、微小重力、宇宙放射線、紫外線、極端な温度変動など、厳しい宇宙環境に約9か月間曝露された。

  • たんぽぽ」実験で使用された宇宙曝露ユニットと、内部のサンプル基板に配置された成熟胞子体サンプル

    (左)「たんぽぽ」実験で使用された宇宙曝露ユニット(上)と、その内部に搭載されたサンプル基板(下)。100円硬貨は大きさ比較のために置かれている。(右)サンプル基板上に、乾燥させた成熟胞子体サンプルを30個ずつ4つの穴に配置した様子(出所:共同プレスリリースPDF)

そして期間終了後、試料は帰還カセルで地上へと回収され、発芽率を中心に解析が行われた。また、宇宙での曝露と並行し、地上でも真空や紫外線、温度変化など、同様の条件を再現した対照実験を実施し、宇宙環境がコケ胞子に与える影響が比較評価された。その結果、ヒメツリガネゴケの胞子が実際の宇宙環境下でも長期間生存できることが確認された。ISSの船外に約9か月間曝露された胞子は、地上に回収後、なんと80%以上が正常に発芽したのである。

  • 「たんぽぽ」実験の曝露パネルが格納されたExBASと取り付けの様子

    (左)ISS船外実験プラットフォームのi-SEEPに設置されたExBAS。一番上に、「たんぽぽ」実験の曝露パネルが格納された。(右)宇宙飛行士により、ISS内で「たんぽぽ」実験の曝露パネルがExBASに取り付けられた。曝露パネルには、7つの曝露ユニットにヒメツリガネゴケの胞子体を含む多様な試料が収められている。今回の研究ではこの装置を用いて、約9か月間宇宙空間に曝露された。画像提供:JAXA/NASA(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の成果は、コケが宇宙空間の過酷な環境を耐え抜き、生存できることを実験的に証明した初の成果だ。これにより、コケは単なる地上のモデル植物にとどまらず、宇宙環境下でも生命を維持できる生物学的システムとして機能し得る可能性が示唆された。

さらに今回の発見は、植物が宇宙空間で生存し得る生理的・物理的限界について新たな知見をもたらしたとした上で、将来的には、宇宙生態系の構築及び長期宇宙滞在に向けた生物ベースの生命維持システム開発の基盤となることが期待されるとした。

また今回の成果は、月や火星などの地球外の宇宙環境での生態系構築を視野に入れた生物学的基盤技術となりうる可能性が示された。特に、コケは構造が単純で環境適応力が高く、水や栄養分の要求量も少ないため、月・火星のレゴリス上での植物育成実験や将来的な宇宙農業・生態系形成研究において極めて有望な生物資源となりうる。

研究チームは今後、今回の実験で得られたデータをもとに、コケの宇宙放射線耐性や長期生存メカニズムの解明に加え、月・火星での閉鎖循環型生命維持システム構築を目指した研究へと拡張していく予定とした。そして今回の研究は、人類が「持続可能な宇宙居住」へと踏み出すための科学的マイルストーンであり、宇宙農業や惑星保護の新たな展開につながることが期待されるとしている。