京都大学(京大)は11月14日、「絶対零度には到達不可能」とする熱力学第3法則が、なぜ・どのように不可能なのかを定量的に示す新たな普遍原理として、冷却や情報消去などのさまざまな熱力学的な操作において、「所要時間」「熱力学的なコスト」「エラー(誤差)」の間に成立する根本的なトレードオフ関係式を発見し、第3法則の拡張に成功したと発表した。
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今回導出されたトレードオフ関係式の概念図。観測確率をゼロにする熱力学過程では、時間・コスト・エラーの間に普遍的なトレードオフ関係が生じる。代表例として、冷却、情報の消去、コピーなどである(出所:京大プレスリリースPDF)
同成果は、京大 基礎物理学研究所のヴー・タンバン准教授と同・大学 理学研究科の齊藤圭司教授の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する物理と応用物理を扱う学術誌「Physical Review X」に掲載された。
普遍的な時間・コスト・エラーの制限関係を解明
熱力学は、熱が仕事に変換される現象やその限界を定量化する学問だ。発電や生命現象、さらにはブラックホールなど極めて多様な現象に関わる重要な基本原理であるが、そこには3つの基本法則がある。
その第3法則は、絶対零度への到達が不可能であること、あるいはその達成には無限個の手順(プロトコル)が必要であることを主張するものだ。しかし、熱をエネルギーの一種と定義した第1法則や、熱力学的不可逆性を説明した第2法則に比べ、やや曖昧であった。言い換えれば、「なぜ、どのように不可能なのか」を明確かつ定量的に説明することが難しい法則だったのである。
従来の熱力学は、一般的に時間を含まない。しかし近年では、より現実に即し、時間を含めた「非平衡熱力学」の研究が進み、その中では第2法則を拡張する試みも数多くなされている。同様に第3法則についても、現代的手法による新解釈や発展が望まれていたが、本格的な探究がほとんど行われてこなかった。さらに、第3法則と同等の物理現象はこれまで示唆されてきたものの、第3法則の定式化を拡張することによる統一的な考察はなされていなかった。
加えて第3法則は量子力学においても重要であり、量子コンピュータの動作と深く関係する。量子コンピュータでは、演算開始前にシステムを最も低いエネルギー状態まで冷却し、安定した初期状態を準備することが多い。しかし第3法則により、絶対零度には原理的に到達できないため、この「冷却の限界」は量子ビットの初期化精度や演算の安定性に直接影響する。つまり、有限時間でどこまで低温状態を実現できるかを定量的に解明することは、量子情報処理を支える重要な課題なのである。
このような背景の下、研究チームは今回、主に確率的に時間発展する「マルコフダイナミクス」を用いて、第3法則とその拡張を体系的に考察したという。
今回の研究では、第3法則の意味を明確化しただけでなく、従来考えられていた以上に、同様の制約原理が熱力学的な操作内に普遍的に存在することが解明された。具体的には、熱力学的な操作で目的を達成する際、熱力学的なコスト(熱力学的不可逆性の大きさ)、所要時間、精度の3つの量の間に、トレードオフの関係が成立することが定量的に示されたのである。つまり、精度を高めようとすれば、より長い時間や大きなコストが必要となり、逆に時間やコストを抑えれば精度が低下する。この関係が、熱力学的操作の一般的特徴として普遍的に成り立つことが示されたとした。
従来の第3法則の目的は、絶対零度への到達だった。この時、絶対零度にどれだけ近づけたかが精度、それに要する時間と熱力学的不可逆性の度合いがそれぞれのコストに相当する。精度の向上には、所要時間を長くかけたり、不可逆性の度合いを上げたプロトコルを用いたりする必要がある。今回の研究は、この冷却過程を超えて、より多くの熱力学的操作においても同様の制約が成立することが示された。
また冷却だけでなく、例えば情報のコピー操作も同じ枠組みで理解できることが判明した。0または1をとる変数xを別の変数yにコピーする熱力学的操作を考えると、完全な精度でコピーするには、無限の時間やエネルギーコストが必要になる。これは、従来の第3法則(絶対零度に到達できないという限界)と同等の構造を持つことを意味する。また量子系の冷却に対しても、量子マスター方程式や熱浴(ねつよく)による力学的解析を行うことで、同様のトレードオフ関係式が導出された。これにより、古典系だけでなく量子系にも適用可能な、普遍的な時間・コスト・エラーの制限関係が解明された。
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今回の研究成果の概念図。(左)従来は「絶対零度に到達できない」とされていた熱力学第3法則。(中央)冷却、情報消去、コピーなどの多様な熱力学的操作にも、普遍的に現れる原理であることが示された。(右)これらの過程では、時間、コスト、エラーの間に厳密なトレードオフの関係が成り立つことが理論的に解明された(出所:京大プレスリリースPDF)
今回の成果は、ナノマシンや量子コンピュータなど、微小な世界での高速・高精度な操作における根本的な性能限界を解明するものだ。これは、将来の技術設計に不可欠な指針を与えるという。導出された関係式はさまざまな系に適用可能であり、その適用範囲を模索していくことが、今後の大事な課題とした。加えて、今回採用されたダイナミクス以外でも第3法則を定式化する必要があるとする。また、今回の成果を実験的に検証し、理論と実験の両面から理解を深めていくことも今後の大きな展望としている。