高エネルギー加速器研究機構(KEK)と理化学研究所(理研)の両者は10月9日、不安定な短寿命核であるモリブデン-84(84Mo、中性子数:42、陽子数:42)などの高精度質量測定に成功し、84Moの「α粒子分離エネルギー」(Sα)がこれまで知られていた傾向から予測される値より小さいこと、つまり「低Sαの島」の存在を示す初めての実験的証拠を確認したと共同で発表した。
同成果は、KEK 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センターの木村創大研究員、同・和田道治名誉教授、理研 開拓研究所・上野核分光研究室兼仁科加速器科学研究センター 核構造研究部のマルコ=ローゼンブッシュ研究員、同・低速 RI ビーム生成装置開発チームの石山博恒チームリーダーを中心とする国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
元素合成過程の終わり方に1つの結論をもたらす成果
I型X線バーストは、中性子星と恒星の連星系で、恒星から中性子星表面に降り積もったガスが、一定の圧力・温度限界を超えて核反応を爆発的に進行させる現象で、定期的に発生する。
X線バーストの主要な核反応である「速い陽子捕獲過程」(rp過程)は、原子核が陽子を捕獲してγ線を放出する反応と、原子核内の陽子が中性子に変化する「β崩壊」を繰り返し、陽子数と中性子数がほぼ等しい不安定核を合成する元素合成過程だ。この反応に関わる原子核の性質を理解することは、X線バーストを解明に不可欠だが、情報不足によりrp過程の理解が不十分な状況だ。
rp過程の終端は未解明だ。陽子捕獲で生成される原子核のSαが小さいと、α粒子(陽子2個・中性子2個)が放出され、陽子と中性子が2個ずつ減った原子核に崩壊する。この原子核がrp過程の初期の反応経路に戻ることで閉じた反応サイクルが形成され、これが終端となると考えられている。
終端候補のサイクルは「NiCu(ニッケル-銅)サイクル」、「SnSbTe(スズ-アンチモン-テルル)サイクル」など、複数あるが、その1つである「ジルコニウム-ニオブ(ZrNb)サイクル」だけは、どのような天体環境で成立するのかがわかっていなかった。その理由は、α崩壊を起こすとされる84Moの質量が実験的に未決定で、Sαが不明だったためだ。そのため、一般的なX線バーストにおけるrp過程で、ZrNbサイクルが成立するか否かは長年の課題となっており、84Moの質量値がこの問題を解決するための最後のピースとされていた。
84Moは約2.3秒で崩壊する不安定原子核のため、これまでその質量測定は困難だった。しかも、rp過程の計算で特に影響が大きいため、X線バーストの理論計算の不確かさを抑えるには、0.1ppm(1000万分の1)以上の高精度での決定が求められていた。こうした背景から、研究チームは今回、最新装置を用いて84Moを中心とする短寿命原子核の精密質量測定を行ったという。
実験の結果、「N=Z核種」(中性子数と陽子数が同じ)である84Moに加え、ルテニウム(Ru)-88、イットリウム(Y)-78の核異性体状態の質量が、世界で初めて実験的に決定された。さらに、質量が実験的に既知の83Nbと79Yについても高精度測定を実施し、質量値の不確かさを従来の162keVと80keVから約10keVまで、約1桁の低減に成功した。
測定された質量値から、84MoのSαが初めて実験的に決定された。その値は、84Mo(N-Z=0)において、N-Z>0でのSαの推移の傾向に比べて優位に小さいことが確認された。この結果は、モリブデン同位体系列において、N-Z、S0の領域に低Sαの島が存在することを示す初の実験的証拠だという。さらに、今回の実験結果は、84MoのSαの値がZrNbサイクルの形成という面では大きく、不十分なことから、ZrNbサイクルはrp過程の終端にはなりえないと結論付けられた。
-

中性子数と陽子数の差(N-Z)に対する、ルテニウム、テクネチウム、モリブデン、ニオブ系列のSα(モリブデン以外は見やすさのため縦軸方向にずらして表示)。黒丸と白丸はそれぞれ文献(AME20)による過去の実験値とその外装値、赤丸は今回の測定値を示す。モリブデンについては、原子核の理論模型である「FRDM92」と同「12」による予測値が、それぞれ点線と破線で示されている(出所:KEKプレスリリースPDF)
また、実験で得られた新しい質量値のrp過程に対する影響を確認するため、X線バーストのシミュレーションが実施された。その結果、rp過程の理論計算の精度が大きく向上し、質量数80~90の範囲でシミュレーションによる存在量の不確かさが大きく低減されたとした。
-

シミュレーションによるX線バースト燃焼灰中の核種(合成されて残る核種)の存在量分布。灰色と濃い灰色の帯は、4つの核種(88Ru、84Mo、83Nb、79Y)に対し、文献値(AME20)の不確かさ(3σと1σ)の範囲での質量値を変化させた場合の存在量の変動範囲を表す。赤丸の誤差棒は、今回の研究で得られた質量値を3σの範囲で変化させた場合の存在量の変動範囲に対応する(出所:KEKプレスリリースPDF)
今回の結果により重要なピースが埋められたことから、X線バーストの理解を大きく前進させることとなった。また、rp過程はX線バースト以外にも、超新星爆発などの他の天体現象でも起きている可能性がある。X線バーストは、銀河の化学進化への寄与はほぼないとされるが、超新星爆発の場合は残骸が宇宙空間に広がる。そのため、rp過程の理解の向上は一部の天体現象の解明に止まらず、身の回りにある物質の起源の解明にも資するものとしている。

