電気通信大学(電通大)、岩手大学、科学技術振興機構(JST)の3者は9月24日、物質の“異方的磁気応答”を可視化できる新たなツール「ベクトルパルスマグネット」を開発したと共同で発表した。

  • ベクトルパルスマグネットで磁場を高速回転させるイメージ

    (左)製作されたベクトルパルスマグネット。パルス電源からの電流(青線)が流れるコイル(上下方向)と、パルス電源2からの電流(赤線)が流れるコイル(左右方向)とは直交し、それぞれで発生する磁場も直交する。(中央)回転磁場発生。(右)磁場を高速回転させるイメージ。磁石を回すことで、N極とS極の間に発生する磁場の向きを回転させている。実際の装置ではU字永久磁石ではなく、パルス電磁石が使われている(生成AIによるイメージであり、実際の装置とは異なる)(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、電通大大学院 情報理工学研究科 基盤理工学専攻の野田孝祐大学院生、同・関健汰大学院生、同 Dilip Bhoi特任准教授(現 米・オークリッジ国立研究所 パーマネント研究員)、同 松林和幸教授、岩手大 理工学部の秋葉和人准教授、電通大大学院 情報理工学研究科 基盤理工学専攻の池田暁彦准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

パルス磁場の精密制御を実現した新ツールを開発

近年、物質内部は絶縁体でも表面や端のみが電気を安定して通す「トポロジカル物質」や、反強磁性体のように隣り合うスピンが逆向きに並ぶが、磁化が完全には打ち消されずわずかに残る磁性を持つ「交代磁性体」といった新しい量子物性が相次いで提案されている。これらの物質の磁性や電子状態を理解する上では、方向によって性質が異なる“異方性”の研究が重要だ。

特に、磁性体だけでなく非磁性体でも磁場に対する異方的な応答が注目されており、磁場の向きを自在に制御する必要性が高まっていた。磁場を利用する研究では、磁場ベクトルの方向、物質の結晶方向、そして物質が示す応答の方向という3つのベクトルを同時に制御し、観測することが求められる。しかし、この探索は非常に広大なパラメータ空間を持ち、網羅的な研究が困難だった。

これまでには、大型の超伝導マグネットを利用し、試料の回転やベクトルマグネットを使う研究が行われてきた。しかしこれらの方法は、限定的なパラメータ空間を高精度に調べるには適するものの、広いパラメータを網羅的に研究するのは苦手であるため、まず理論的に実験パラメータ空間を絞り込むことが重要な手段となり、広大なパラメータ空間を探索的に実験で調べることは困難な課題として残されていた。そこで研究チームは、パルスマグネットを2台組み合わせ、互いに直交する磁場を同時に発生させるという仕組みの新たなツールの開発に挑んだという。

今回の研究では、2つのパルス磁場のタイミングを精密に制御することを着想。6テスラの強磁場を1/1000秒間に90度回転させる、回転パルス磁場の発生に成功した。この成功から、開発された装置は「ベクトルパルスマグネット」と命名された。

この仕組みを活用することで、試料を回転させる作業を含めても、わずか1時間で物質の全立体角(4πステラジアン)に対する磁場応答データを取得可能となる。そしてこの得られたデータを解析することで、物質が示す磁場応答の対称性を三次元的に可視化できるのである。

次に、実際に「グラファイト」に磁場をかけ、電気抵抗の変化が測定された。グラファイトは、炭素原子1層から数層の厚みの二次元状シート物質「グラフェン」が、微弱なファンデルワールス力で積層した構造を持ち、層ごとにはがれやすい物質だ。そのため、層内と層間では電気や熱の伝わり方が大きく異なる(異方性を持つ)。

そして測定の結果、電子状態の三次元空間に二次元的な性質を明瞭に可視化することに成功した。これにより、開発されたベクトルパルスマグネットは、従来装置に比べ、高速かつ効率的に物質の対称性を探索できる新しい手法として大きな意義を持つとしている。

  • グラファイトの磁気抵抗に現れる二次元的磁場応答

    三次元可視化されたグラファイトの磁気抵抗に現れる二次元的磁場応答(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームによれば、ベクトルパルスマグネットは、トポロジカル物質や反強磁性体の電磁応答や光学応答、磁歪といった幅広い異方性を解明する手段となるという。これにより、磁場の方向に敏感なスイッチやメモリ、センサなどの機能を持つ材料を探索するための研究展開が期待されるとしている。