愛媛大学と国立天文台は9月11日、すばる望遠鏡が広域探査で発見した11個の「最高光度銀河」を、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で追観測した結果、7個の銀河中心に、従来は塵のために観測が困難だったクェーサーとして明るく輝く超大質量ブラックホール(SMBH)を発見したと発表した。
同成果は、愛媛大 先端研究院 宇宙進化研究センターの松岡良樹准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国天文学会が刊行する天体物理学を扱う学術誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
塵に隠れて潜む巨大なブラックホール
SMBHの起源は、宇宙誕生から1億年~3億年後の“宇宙の夜明け”の時代にあると考えられている。その誕生メカニズムは未解明だが、鍵を握るのはその数。数が多いほど、その誕生する場所やメカニズムが普遍的と考えられる。その場合の有力候補の1つは、現在の宇宙には存在しないとされる超大質量星の「ファーストスター」の死だ。一方、数が少ない場合は、特殊で希な環境下でのみ起こりうるメカニズムが示唆される。例えば、水素ガスなどの巨大な物質の塊が星の核融合を経ず、自身の重力で崩壊してSMBHに変わる「直接崩壊」説などが提案されている。
SMBHそのものの観測は不可能だが、明るく輝くクェーサーであれば、初期宇宙にあっても観測は可能だ。その光には、SMBHの周囲を高速回転するガスや塵などが放つ、ドップラー効果で幅が広がった「広輝線」というスペクトル線が観測される。銀河の観測でこれが見つかれば、その中心にクェーサー(SMBH)がある確かな証拠となる。
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クェーサーの想像図。中心のSMBHに周囲の物質が渦を巻きながら飲み込まれる際、物質が摩擦で極めて高温になり、光を放つことでクェーサーとして観測される。SMBHやクェーサーは、銀河中心に位置する。(c)松岡良樹(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
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銀河のスペクトルの例。図で特に強い光のピークは、水素が特定の波長で放つ「輝線」だ。通常の銀河(上)では、幅の狭い輝線が見られる一方、クェーサーを持つ銀河(下)では、SMBH周囲の水素ガスが高速回転するため、ドップラー効果で幅が広がった「広輝線」が観測される。(c)松岡良樹/国立天文台(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
しかし、これまでの探索には大きな制約があった。初期宇宙の天体からの光は宇宙膨張によって引き伸ばされるため、可視光で観測するためには、クェーサーが放った紫外線を観測する必要があったが、紫外線は塵に吸収されやすく、その銀河の外まで届きにくい。そのため、これまでも塵に隠されて見逃されている多数のクェーサーが存在している可能性があることが予想されていた。そこで研究チームは今回、すばる望遠鏡の広域探査で偶然見つかった、初期宇宙に極めて希に存在する特別に明るい最高光度銀河に注目したという。
最高光度銀河は当初、広輝線が確認できなかったため、クェーサーとは考えられていなかったが、銀河中心に強力なエネルギー源の兆候があったため、今回研究チームはJWSTを使い、赤外線での観測を実施した。これは、銀河から放たれた際は可視光だった光も、宇宙膨張により引き伸ばされ、JSWTが得意とする赤外線の波長で観測される。可視光は、紫外線に比べて塵を透過しやすいため、クェーサーが塵に覆われていても観測が可能だ。
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塵に隠されたクェーサー観測の模式図。宇宙膨張による赤方偏移の効果で、初期宇宙のクェーサーから放たれた紫外線は可視光に、可視光は赤外線になって地球で観測される。クェーサーが塵に覆われている場合、紫外線は塵にほとんど吸収されて外に出てこられないので、より透過力の高い可視光を狙った赤外線観測を行う必要がある。それを可能としたのがJWSTである。(c)松岡良樹/国立天文台(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
観測は2023年7月から2024年10月にかけて、JWSTの分光装置NIRSpecを用いて最高光度銀河11個を対象に実施された。その結果、7個の銀河で明瞭な広輝線が確認された。これは、紫外線では塵に覆われて見えなかったクェーサーの存在を示すものだ。宇宙の夜明けの時代に、塵に隠された明るいクェーサーが発見されたのは世界初の成果であるとする。
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今回の研究で観測された、初期宇宙の最高光度銀河。左パネルは、すばる望遠鏡による発見時の画像。右パネルは、JWSTによる追観測で得られたスペクトルで、水素が波長650nmで放つ輝線「Hα」を捉えている。左の7個の銀河では、水素がSMBHの重力を受けて高速回転しているため、ドップラー効果によって輝線の裾が顕著に広がっている。しかし、残り4個の銀河では、輝線の裾はそれほど広がっておらず、SMBHの存在は確認できなかったとした。(c)松岡良樹/国立天文台/NASA(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
スペクトルを詳細に解析した結果、これらのSMBHは太陽数億個分の質量を持ち、太陽の数兆倍のエネルギーを放射していることが判明した。これらの値は、初期宇宙で見つかっている一般的なクェーサーに匹敵する。また、塵によってクェーサーの光が強く吸収され、可視光の約70%、紫外線に至っては約99.9%が失われていることも明らかにされた。この強い吸収のために、従来の観測では見逃されていたのである。
クェーサーの数密度を比較した結果、塵に隠されたクェーサーが、発見済みのクェーサーと少なくとも同数存在することがわかった。これは、初期宇宙における明るいクェーサーの数は、従来の少なくとも2倍はあることを意味する。
研究チームは次のステップとして、2つの方向性を描いているという。1つは、塵に隠されたクェーサーの詳細な追観測だ。JWSTによるスペクトルには、水素の他、ヘリウム、酸素、窒素など、多様な元素が放つ輝線が含まれている。それらの強さや形状を数値モデルと比較することで、SMBH周辺の物質状態を解明することを考えているとした。
また、アルマ望遠鏡などを用いて、クェーサーを抱える母銀河の性質も調査する予定だ。従来の観測で見つかっていたクェーサーと、塵に隠されたクェーサーにどのような違いがあるのかそうでないのか、多角的に探る計画とした。
もう1つのステップは、塵に隠されたSMBHをより大規模に探索することだ。今回は最高光度銀河が着目されたが、今後はより低光度の銀河まで対象を広げ、初期宇宙に潜むSMBHの全体像の解明を目指している。そのための新たな観測は、すでにJWSTの次期観測プログラムとして採択されており、来年早々に始まる予定としている。
