理化学研究所(理研)と奈良女子大学(奈良女)の両者は9月9日、宇宙の始まりであるビッグバン理論の検証を目的とする国際共同実験「sPHENIX」において、主要検出器の1つである中間飛跡検出器「INTT」を完成させたことを共同で発表した。
また2023年からの実験で、高エネルギーに加速した重イオン同士を衝突させた際に発生する「荷電粒子多重度」を測定した結果、INTTが過去のデータを正確に再現し、設計通りの性能を発揮していることを確認したことも併せて発表された。
同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター RHIC物理研究室のチェンウェイ・シー 国際プログラム・アソシエイト、同・糠塚元気 基礎科学特別研究員、同・中川格 専任研究員、奈良女 研究院 自然科学系 物理学領域の蜂谷崇准教授らが参加する、国内外300名強の研究者が参加する国際共同研究チームThe sPHENIX collaborationによるもの。詳細は、高エネルギー物理学を扱う学術誌「Journal of High Energy Physics」に掲載された。
新たな中間飛跡検出器で高性能測定を実現
米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)では、2000年から相対論的重イオン衝突型加速器「RHIC」を使い、国際共同でビッグバン理論の検証実験が行われてきた。2022年から始まった最新のsPHENIXは、2000年から2016年まで行われた「PHENIX実験」の後継にあたる。
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PHENIX検出器群(左)とsPHENIX検出器群(右)の比較。sPHENIXは「全方位型」の検出器を用いて、QGP状態の内部を詳細に観測し、宇宙創成の謎の解明を目指しとした(出所:共同プレスリリースPDF)
クォークは通常、強い力を媒介する素粒子である「グルーオン」によって、陽子や中性子内で3個1組で強く結びついている。しかし、宇宙が誕生した直後の超高温状態では、クォークとグルーオンがバラバラになり、「クォーク・グルーオン・プラズマ」(QGP)状態だったと予想されている。これまでのPHENIX実験では、人工的なQGPの生成に成功し、2兆℃以上という超高温で、東京スカイツリー(約3万6000トン)の約5万倍もの質量が角砂糖1個分の体積(1cm)に押し込められた超高密度状態であることなどが明らかにされた。
sPHENIXでは、QGP状態の内部を精密に測定し、その性質の解明を目的とする。この実験では、PHENIXの放射線検出器群を高度化し、高エネルギー衝突で生じたクォークやグルーオンが外へ飛び出し、多数の粒子に変化しながら特定の方向へ飛び散る「ジェット」と呼ばれる粒子の流れを検出する。ジェットは、非常に高いエネルギーを持つため、QGPという見えない「粒子の霧」を貫き、QGPと相互作用した痕跡を検出器に残す。この痕跡は、まるでレントゲンのようにQGPを映し出す。sPHENIXの検出器は、このジェットの観測を通してQGP全体を広範囲にわたって観測できるよう、全方位型として設計された。
ジェットに加え、sPHENIXの検出器群は、チャーム、ボトム、トップの質量の重い3種類のクォーク、QGPの温度を反映しているウプシロン粒子、さらにジェット同時に放出される光子を検出する。そして、放射線の方角、運動量や数などを精密に測定する性能を有する。これらの装置を用いることで、RHICで生成されるQGP状態をCTスキャンさながらに断層撮影し、その正体の解明を目指す。
sPHENIX検出器の3つの主要飛跡検出器の1つであるINTTは、開発から建設・稼働を日本が主導する国際チームが担当した。INTTは、原子核同士の衝突点を全方位から包み込むように覆い、そこで発生した荷電粒子を漏れなく検出し、その数を測定する。これが「荷電粒子多重度」だ。また、INTTは高い時間分解能を持ち、通過した粒子の飛跡を再構成する上で重要な役割を果たす。
sPHENIXは2023年に検出器の試運転を開始しており、2024年から2025年にかけて、すでに大量の実験データが収集済みだ。ただし、詳細な解析の前に、検出器が設計通りの性能を発揮しているかを確認する必要がある。今回測定された荷電粒子多重度は、過去のデータを正確に再現しており、INTTが設計通りの性能を発揮していることが実証されたとした。
今後、他の検出器を含めた基本測定を繰り返し、既存の実験データの再現できることを実証しつつ、10~20年かけてQGPの温度を高精度で測定し、重いクォークとQGPとの相互作用の解析を進めていく計画とした。特に、ジェットと光子が同時に発生する事象を観測し、QGP内部の断層画像を測定することで、その性質の精密に解明が期待されるとしている。



