日本原子力研究開発機構(JAEA)、理化学研究所(理研)の両者は8月29日、真空から生じる「カシミール効果」と、熱的なカシミール効果に加え、物質自体から発生する「物質圧によるカシミール効果」も統一的に扱える基本公式を発見したと共同で発表した。

  • 今回の研究成果のイメージ

    今回の研究成果のイメージ(出所:JAEA Webサイト)

同成果は、JAEA 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 先端理論物理研究グループの藤井大輔博士研究員、同・鈴木渓研究員、理研 計算科学研究センター 連続系場の理論研究チームの中山勝政特別研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、素粒子物理や原子核物理などを扱う学術誌「Physics Letters B」に掲載された。

極小デバイス開発につながる新たな公式

カシミール効果とは、数マイクロメートル離した2枚の平行な金属板の間に引力が働く現象のことだ。この効果は、微小構造中で働く力の高精度な制御する上で役立つ可能性があり、圧力センサや圧力変換素子などの微小デバイスへの応用を目指す、「カシミール・エンジニアリング」と呼ばれる新分野が創成されつつある。

量子力学が扱うミクロの世界は、粒子の存在位置と運動量を同時に決定できない「不確定性原理」に支配されている。この原理により、粒子は1ヵ所に静止できず、たとえ力が加わっていなくても常に微かに動いている状態となる。この時の粒子が持つ最低限のエネルギーは「ゼロ点エネルギー」と呼ばれ、カシミール効果の起源も、真空中に内在する電磁波(光)のゼロ点エネルギーである。一見して何もないように見える真空からでも発生する圧力であるため、「真空圧」とも呼ばれる。

カシミール効果は、現在では光だけでなく、真空中に内在する「フェルミ粒子」からも生じることがわかっている。フェルミ粒子とは、通常物質を構成するクォークや電子などの素粒子のグループだ。つまり、フェルミ粒子で構成される物質では、真空中からの圧力や熱的な圧力のほかに、「物質によって発生する圧力」が生じている可能性がある。これまでのカシミール効果の研究では、光が主役だったため、物質によって発生する圧力を考慮する必要はなかったが、研究チームは今回、フェルミ粒子が物質を構成する状況でのカシミール効果に着目したという。

  • 今回の研究の公式により統一された3種類の圧力

    今回の研究の公式により統一された3種類の圧力(出所:JAEA Webサイト)

物質は通常、三次元的な広がりを持つが、今回の研究では薄膜が注目された。通常のカシミール効果は、真空中の光子が平行板に挟み込まれることで真空圧が生じる。しかし、物質内部のフェルミ粒子は、薄膜化されることでカシミール効果のような内圧を発生させると予想されたためだ。

  • 薄膜状物質内部のフェルミ粒子を源とするカシミール効果

    (左)通常のカシミール効果。(右)薄膜状物質内部のフェルミ粒子を源とするカシミール効果(出所:JAEA Webサイト)

研究チームは「リフシッツの公式」に着想を得て、通常のカシミール効果に加え、この効果の源となる粒子が物質を構成している状況を、統一的に記述する新しい公式の構築に成功した。通常のカシミール効果は絶対零度でも生じるが、現実的な実験室では室温の効果は避けられカシミール効果による圧力と、熱エネルギーによる圧力を統合する理論として、リフシッツの公式が考案された。

フェルミ粒子同士は同じ性質を持つ場合、同じエネルギーで存在できないという性質がある。多数のフェルミ粒子が集まると、エネルギーの低い順に粒子が詰まっていき、特定のエネルギー以下が粒子で満たされた状態が現れる。この粒子の詰まった部分は「フェルミの海」と呼ばれている。

クォークや電子などの素粒子は、フェルミ粒子の一種である「ディラック粒子」とも呼ばれる。この粒子系では、粒子が1つもない真空でも「負エネルギーの粒子」が詰まっていると考えられており、粒子の詰まった部分は「ディラックの海」と称される。この海は、本質的な構造が同一であることから、フェルミの海の一種だ。今回の公式は、このディラックの海による「真空圧」と、フェルミの海による「物質圧」を、1つの数式で統合したものとなる。

この公式が予言する結果の1つとして、薄膜の厚さによって引力と斥力が交互に現れる現象が見出された。これは、ディラックの海の寄与からは現れないため、純粋にフェルミの海の寄与によって生じる現象である。フェルミの海の寄与の大きさは外的な操作で調整できるため、このような引力・斥力は人類がある程度は制御することが可能だ。

  • 薄膜状物質中のカシミール効果におけるディラックの海とフェルミの海の寄与

    薄膜状物質中のカシミール効果におけるディラックの海とフェルミの海の寄与。縦軸(カシミールエネルギー)のゼロを境に引力と斥力が切り替わる。挿入図は、元々の縦軸に厚さの2乗をかけたもので、近距離ではディラックの海の寄与、遠距離ではフェルミの海の寄与が支配的になることがわかる(出所:JAEA Webサイト)

通常のカシミール効果では引力が生じるため、デバイスへ応用する際も引力を利用することが大半を占める。しかし、デバイスの精度を向上させるには、引力に加えて斥力を制御することも重要課題だ。今回の発見は、カシミール効果における引力と斥力を自在に制御するための新たな方法の開拓につながるものとする。

今回の公式で扱うエネルギーや圧力は、物質の熱応答、電気応答、磁気応答など、他の物理量の起点となる物理量だ。つまり、今回の理論は物質内部の様相を統一的に解明するだけでなく、薄膜物質を用いた極小デバイスの開発にも必須の基礎理論となる可能性があるとしている。