京都大学(京大)、公立千歳科学技術大学(千歳科技大)、科学技術振興機構(JST)は8月18日、スズイオンを注入して熱処理を施すことで、ノイズとなる背景光子がほぼ発生しない、単一スズ欠陥(SnV)中心を内包するナノダイヤモンドの開発に成功したと発表した。

同成果は、千歳科技大 電子光工学科の髙島秀聡准教授、京大大学院 工学研究科の嶋﨑幸之介特定研究員、同・竹内繁樹教授、量子科学技術研究開発機構 高崎量子技術基盤研究所の研究者らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するフォトニクスを扱う学術誌「ACS Photonics」に掲載された。

  • 単一SnV中心を内包するナノダイヤモンドのイメージ

    単一SnV中心を内包するナノダイヤモンドのイメージ(出所:JSTプレスリリースPDF)

10nm以下の微小なのダイヤモンドを実現

光子を用いて実現する重ね合わせを実現する光量子コンピュータや光量子暗号通信などの実現には、量子もつれにある光子を発生させる光子源や、量子もつれを利用して光子の量子状態を遠隔地に転送する量子中継器などの開発が不可欠だ。これらの実現には、単色性が高い光子を生成し、加えて量子状態を保持するメモリとしての機能を持つ発光体が必要となる。

近年では発光体として、ダイヤモンド中の単一窒素欠陥(NV)中心や、シリコン、ゲルマニウム、スズ、鉛などの4族元素を含む単一欠陥中心が注目されている。欠陥中心とは、結晶中の原子が欠落したり、不純物原子と置き換わったりすることで形成される構造を指し、特定の波長の光子が発生する特徴を持つ。

しかし、NV中心は発生する光子の単色性に課題がある上、シリコンやゲルマニウムの欠陥中心は、単色性の高い光子を発生させられるものの、長時間量子状態を保持するには絶対温度数百ミリK(100ミリK=0.1K)以下という極低温での動作が必要だった。さらに、鉛欠陥中心の場合は、形成時に極めて高い高圧と高温での熱処理が必要という課題を抱えていた。

そうした中、高圧高温処理を必要とせず、単色性が高い光子を生成し、数Kという比較的到達しやすい低温環境で量子状態を保存するメモリとして期待されているのが、SnV中心だ。SnV中心は、ダイヤモンド中の隣接する炭素原子2つが欠落し、その間にスズ原子が挟まった構造を持つ。しかし、これまで単一SnV中心はバルクダイヤモンドでの形成に限られ、ナノメートルサイズの微小なナノダイヤモンドでは実現されていなかった。そこで研究チームは今回、その開発を試みたという。

今回の研究では、高圧高温法で合成されたナノダイヤモンドにイオン注入法を用いてスズイオンが注入された後、真空中で1200℃による熱処理を実施し、ナノダイヤモンド中にSnV中心が形成された。これにより、ノイズとなる背景光子の発生が極めて少ない、単一SnV中心を内包したナノダイヤモンドが実現されたのである。熱処理後に得られたナノダイヤモンドを透過型電子顕微鏡で観察したところ、10nm以下の非常に微小なナノダイヤモンドであることが観察された。

  • 熱処理後のナノダイヤモンドの透過型電子顕微鏡像

    熱処理後のナノダイヤモンドの透過型電子顕微鏡像。点線部分は、ナノダイヤモンドの粒子を示す(出所:JSTプレスリリースPDF)

光学特性の評価には、波長520nmのレーザー光が励起光として用いられた。このレーザー光を、100倍の顕微鏡用対物レンズで石英ガラス基板上に分散させたナノダイヤモンドに集光し、発生した光子の発光スペクトルを分光器で観測するとともに、2つの単一光子検出器を使用して単一光子性を評価した結果、波長620nm付近において、SnV中心の発光ピークの観測に成功したとする。

  • 実験装置の模式図

    実験装置の模式図。画面外観奥側にある光源で発生した波長520nmのレーザー光(黄緑色)を、顕微鏡用対物レンズで集光しサンプルに照射。ナノダイヤモンドより発生した光子を同じ対物レンズで集光し、単一光子検出器と分光器で計測された(出所:JSTプレスリリースPDF)

また、発生光子の単一光子性を評価したところ、遅延時間が0ナノ秒における同時計数値が、0.04±0.11と極めて小さな値を示した。この同時計数値は、0.5以下で単一光子発生の条件を満たし、0に近づくほどノイズとなる背景光子の発生が小さくなる。この小さな同時計数値より、ノイズとなる背景光子の発生がほとんどない、単一SnV中心を内包するナノダイヤモンドであることが判明した。

さらに、励起光強度を変化させながら発光光子数を測定したところ、発生光子数が飽和するカウント数が、毎秒49万2000と推定された。この値は、同様の手法で形成されたシリコン欠陥中心よりも有意に大きく、SnV中心が明るく発光することが示されているとする。

  • キャプション

    (a)波長520nmのレーザーで励起した発光スペクトル。620nm付近にSnV中心の発光ピークが明瞭に観測された。(b)光子の単一性を評価するための2次の強度相関測定の結果。ノイズとなる背景光子の発生がほぼない単一光子源として動作していることが確認された。(c)発生光子の励起光強度依存性。発生光子数の飽和カウント数が、毎秒49万2000に達することが確認された(出所:JSTプレスリリースPDF)

今回の研究により、ノイズとなる背景光子の発生がほぼない、単一SnV中心を内包するナノダイヤモンドが開発された。ナノダイヤモンドのサイズが小さくなると、光の波長以下の直径を持つナノ光ファイバーなどの超微細構造光素子と一体化させた時の結合損失を小さくできるため、今回開発されたナノダイヤモンドにより、より損失が小さく効率の高い、量子もつれ光源や量子中継器などの実現が期待されるという。また研究チームは今回の成果により、光子を用いて実装する光量子コンピュータの実現や、物理的に安全性が保証された量子暗号通信の長距離化といった研究の飛躍的な発展が期待できるとしている。