6月24日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2019年から開発してきた温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)が打ち上げられる。GOSAT-GWは、気象や海況に関わる水蒸気や海面水温といった地球表面の水の状態を観測するセンサと、二酸化炭素(CO2)やメタンといった温室効果ガスを観測するセンサを備えた、“地球環境の今を知る衛星”。その性能としては、環境観測技術衛星II型「ADEOS-II(みどりII)」、米国航空宇宙局(NASA)の衛星「Aqua」、水循環変動観測衛星「GCOM-W1(しずく)」シリーズから引き継いだ機能と温室効果ガス観測技術衛星「GOSAT(いぶき)」、温室効果ガス観測技術衛星2号「GOSAT-2(いぶき2号)」シリーズの機能を併せ持つ、ハイブリッド衛星となっている。

  • 打ち上げ前のGOSAT-GW

    打ち上げ前のGOSAT-GW。(c)JAXA

GCOM-W1から引き継ぐ高性能マイクロ波放射系3「AMSR3(アムサー3)」は、地表や大気から放射される非常に弱い自然の電波(マイクロ波)を測定し、水蒸気や地表の降雪、海氷など水の状態を観測するセンサ。2002年に打ち上げられた初代AMSRからAMSR2まで連続して20年以上も地球全体の水の動きを観測してきた。

  • GOSAT-GWの高性能マイクロ波放射系3「AMSR3」

    GOSAT-GWの高性能マイクロ波放射系3「AMSR3(アムサー3)」。円形のアンテナで地表から放射されるマイクロ波を観測する。(c)JAXA

AMSRシリーズ長期の観測データの蓄積に加え、AMSR3は新しい周波数帯に対応したことで降雪を観測できるようになり、世界の平易近海面水位の予測精度向上が期待できる。JAXAが提供する世界の降水量マップ「GSMaP」は、降雪観測が可能になったことでより極域までデータが行き届くようになる。気象分野では、台風の中心位置の予測は現在200km以上もずれがあるというが、AMSR-2のデータを気象予報に組み込むことでさらなる精度向上が期待できるとのこと。台風や集中豪雨の予測など、暮らしの安全に直結した気象予報が高精度化し、地球の水の動きのシミュレーションにも役立つ。

  • AMSRシリーズの発展と観測データの種類

    AMSRシリーズの発展と観測データの種類(出所:5月20日「GOSAT-GWの開発」より)

海面水温の観測データがより高解像度になることで、漁場予測による水産業の支援にも欠かせないデータとなる。これまでAMSR-2のデータはカツオやマグロといった沖合の漁業で利用されてきたが、AMSR3のデータは沿岸に近いイワシ、サバ、アジなどの漁業にも活用されるという。海氷の分布のデータが高精細になり、海氷の形状をより細かく知ることで北極海航路の安全にも貢献する。

  • AMSR3運用前後の変化

    AMSR3運用前後の変化(出所:5月20日「GOSAT-GWの開発」より)

衛星とセンサの開発・製造を担当した三菱電機 鎌倉製作所 衛星情報システム部先進衛星システム課の井口岳仁氏は、「NOAA(米国海洋大気庁)が長くAMSR-Eを運用できたことで、有用なデータが取れ続けたことを評価されていると思っている」とコメントした。三菱電機はAMSRに先立つ海洋観測衛星「MOS-1(もも1号)」搭載のマイクロ波放射計「MSR」からセンサ開発を手掛けており、38年にわたる運用実績がさらに蓄積されることになる。

CO2はどこから来たのか? 排出源に迫る「TANSO-3」

AMSRシリーズが降水量という気象現象の結果を観測するセンサだとすれば、TANSOシリーズは気候に影響を与える温室効果ガスという原因を観測するセンサだ。環境省と国立環境研究所(NIES)、JAXAが共同で運用するミッションであり、主要な温室効果ガスであるCO2とメタン(CH4)の人為起源排出量について、国別の目録(インベントリ)を検証する役割を期待されている。

温室効果ガス観測センサ3型「TANSO-3(タンソ-3)」は、太陽光の中でも「短波長赤外(SWIR)」と呼ばれる赤外線の波長を観測する。太陽光に含まれるSWIRの波長成分は、地表で反射して衛星に届くまでの間に大気に含まれる特定の物質に吸収される。いわば、元のSWIRの成分が“どのくらい減ったのか”という情報から温室効果ガスの種類と濃度を計測するという仕組み。GOSAT-2(TANSO-2)からセンサの方式を改め「ほぼ国産化」(井口さん)を実現した。

  • 「TANSO-3」を下から見た状態

    温室効果ガス観測センサ3型「TANSO-3」を下から見た状態。黒い矩形の部分がセンサ部分。(c)JAXA

TANSOシリーズがこれまで観測してきたCO2とCH4に加えて、TANSO-3ではさらに二酸化窒素(NO2)を測る新たなチャンネルが加えられている。代表的な温室効果ガスであるCO2は安定した物質のため、いったん排出されると数年から数十年と大気中に長くとどまることになる。衛星から観測したCO2の濃度がわかったとしても、それは過去から存在したCO2が気流に乗ってやってきた可能性もあり、CO2が新たに排出されたものなのか、またそれはどこからなのか、ということを知るのは難しい。一方で大気汚染物質の一種であるNO2は寿命が数時間から数日と短いことから、あるエリアで濃度の上昇が観測されれば比較的最近の排出だとわかるという。

NO2は、発電所や工場などの活動からCO2と一緒に排出されることが多く、2つの物質を同時に観測することで、ある観測範囲に人為的な活動からCO2が排出されたことを検出できるようになるとのこと。GOSATシリーズでは初の挑戦となるNO2観測は、情報通信研究機構(NICT)とNIES、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が共同で担当している。さらに、GOSAT-2までは軌道の方向に沿って雲を避けながら直径10kmの範囲をスポット状に観測していたのに対し、GOSAT-GWでは軌道に沿って帯状に観測できるようになる。面的に観測できることで、CO2とNO2が煙のように流れていく方向や距離なども推定しやすくなる上、より詳細な観測が必要なエリアに対しては、分解能3kmの精密観測モードも持っている。

  • GOSATシリーズの概要

    GOSATシリーズの概要(出所:「GOSATシリーズの観測成果とGOSAT-GWのサイエンス」より)

これまで大陸、国といった単位で広域に観測していた温室効果ガスの排出源データがより高精度になることで、人為的排出源を特定できるより精細なデータになっていくことがGOSAT-GWに期待されている。気候変動のモニタリングに役立つ国際的な役割に加えて、三菱電機は衛星によるもうひとつの温室効果ガス、CH4の観測のビジネス化にも乗り出した。

  • GHG排出検出の概要

    GHG排出検出の概要(出所:「GOSATシリーズの観測成果とGOSAT-GWのサイエンス」より)

三菱電機、三菱UFJ銀行、衛星データサービス企画とカナダの超小型衛星企業であるGHGSatは、衛星データを用いた温室効果ガス排出量の可視化サービスを計画している。衛星から温室効果ガスを観測することで、「ひとつの機器で世界中の温室効果ガスを観測することができ、客観性と透明性の高いエビデンスを提供できる」という。

世界のメタン排出量のうち60%が人為的な発生源によるものだといい、GHGSatは石油天然ガス産業の分野で衛星データを用いたパイプラインからのガス漏れのモニタリングサービスなどを展開している。2023年には英国でメタンの観測データからガス漏れを突き止めた事例などを報告している。ただしGHGSatの精度は高いものの観測範囲は12km四方と狭く、広い地域からメタン発生源を見つけ出すにはより広域を観測できる衛星によるスクリーニングが必要となり、広域を観測できるGOSAT-GWがその役割を担うという。

三菱電機 防衛・宇宙ソリューション事業部 ビジネスデベロップメント部の藤井康隆さんは「GOSAT-GWが広域を調査し、温室効果ガスのリークの可能性があるエリアを検出し、GHGSatへより詳細な観測要求を送る。GHGsatのピンポイント観測によって、ガスの排出源を突き止める、といった連携を考えている。いかに早く連携できるかというところがポイントになるため、手順の自動化といった準備を進めている」という。

GHGSatだけでなく、米欧を中心に小型衛星で局所的な温室効果ガス排出源を調査する民間のビジネスが進んでいる。米国とニュージーランド共同のメタン観測専用衛星「MethaneSat」でもGOSATシリーズのデータが広域の調査に利用され、局所的な局所的な観測の前の補完に利用されているという。GOSAT-GWはこうしたビジネスを支援するだけでなく、カーボンクレジット認証といったビジネスに直接データを提供することができ、気候変動の解明にも活躍する存在となりうる。

  • 国際・官民連携によるGHG排出観測

    国際・官民連携によるGHG排出観測(出所:「GOSATシリーズの観測成果とGOSAT-GWのサイエンス」より)

地球環境を知る2つのセンサをひとつの衛星に搭載するにあたって、「回転するAMSR3から発する振動でTANSO-3が“手ブレ”を起こさないようにするといった相乗りならではの苦労もあった」と井口さんは開発時の苦労を振り返る。GOSAT-GWはH-IIAロケットのラストフライトとなる50号機で打ち上げられる予定で、軌道上での機能確認とセンサの初期校正を経て、2026年の夏ごろから定常的なデータ提供を開始する予定だ。