米宇宙企業スペースXの「フラム2」(Fram2)ミッションが、史上初の極軌道有人飛行を成功させ、2025年4月1日の打ち上げから約3日半の飛行を経て、4月5日に地球に帰還した。
このミッションは、地球の北極と南極の上空を周回する初の有人飛行として歴史に名を刻み、民間宇宙飛行の新たな可能性を示した。さらに、極域の観測や宇宙環境が人体に与える影響の調査など、科学的にも意義を持つミッションとして、宇宙探査の未来を切り開く一歩となった。
フラム2のミッション概要
フラム2ミッションを主導したのは、マルタ出身の起業家で冒険家のチュン・ワン(Chun Wang)氏である。ワン氏はミッションにかかる費用の全額を負担し、自身もミッション・コマンダー(ミッションの責任者)として参加した。
乗組員は4名で構成され、以下のメンバーが参加した。
- チュン・ワン(Chun Wang)氏
マルタ在住、国籍を持つ起業家で冒険家。中国出身で、ビットコイン採掘企業F2Poolの共同創業者として知られる。フラム2のミッションの全費用を負担し、ミッション・コマンダーを務めた - ヤニッケ・ミケルセン(Jannicke Mikkelsen)氏
ノルウェーの映像作家兼映画監督。極地や過酷な環境での撮影技術に特化し、VRや3Dのドキュメンタリー作品などで評価される。フラム2ではヴィークル・コマンダー(宇宙船の船長)を務めた - ラベア・ロッゲ(Rabea Rogge)氏
ドイツ出身のロボティクス研究者兼学生。ノルウェー科学技術大学で博士課程に在籍し、極域の海洋ロボットなどの研究に従事。フラム2ではパイロットを務めた - エリック・フィリップス(Eric Philips)氏
オーストラリアの冒険家で、極地ガイドを務め、北極・南極への探検において豊富な経験を持つ。フラム2ではミッション・スペシャリスト兼医療責任者を務めた
この4人はプロの宇宙飛行士ではなく、全員、今回が初の宇宙飛行だった。クルー・ドラゴンは基本的に自動操縦で飛行できるが、万一に備え4人は最低限の訓練を積んだ。
ミッション名のフラム2とは、19〜20世紀に北極と南極を探検したノルウェーの探検船「フラム」にちなんで名付けられた。フラムとはノルウェー語で「前進」という意味で、探検家フリチョフ・ナンセンやロアール・アムンセンによって極地探査に使用された、伝説的な船である。
フラム2の主な目的は、史上初となる、地球を南北に回る極軌道への飛行と、それを利用した極域の観測や科学データの収集だった。
具体的には、地球の上空約400〜500kmで発生する発光現象「STEVE」(Strong Thermal Emission Velocity Enhancement、スティーヴ)の観測や、極域の宇宙環境の研究が行われた。また、宇宙飛行が人体に与える影響の調査として、スマートリングを使用した睡眠研究や、人体のX線写真の撮影も行われた。さらに、極軌道上でのスターリンク衛星のネットワーク・テストなど、計22のミッションが実施された。
フラム2は、スペースXが運用するクルー・ドラゴン宇宙船「レジリエンス」(Resilience)を使用し、日本時間4月1日10時46分、フロリダ州のケネディ宇宙センターからファルコン9ロケットで打ち上げられた。
ロケットは南の方向へ飛行し、キューバやパナマの上空を通過しながら宇宙をめざした。そして、高度約425〜450km、軌道傾斜角90度の極軌道に乗った。
宇宙船は単独で飛行し、通常ドッキング・ポートが装着されている先端部分にはパノラマドーム型の窓「キューポラ」が装着され、乗組員が極域を直接観察できる機会を提供した。このキューポラは、以前の民間宇宙飛行ミッション「インスピレーション4」で初めて使用されたものである。
打ち上げから帰還まで、ミッションは順調に進行し、打ち上げから3日と14時間32分後に、カリフォルニア州オーシャンサイド沖の太平洋に着水し、地球に帰還した。
ミッションは着水後も続き、4人の乗組員はスペースXの回収チームの助けをほとんど受けずに宇宙船から降りた。これは将来の月や火星へのミッションで、回収チームの助けがなくても乗組員が宇宙船から脱出する方法についての知見を得るためのものだった。
ちなみに、クルー・ドラゴンが太平洋に着水したのは今回が初めてである。スペースXは昨年、クルー・ドラゴンのトランク部分の再突入をより適切に制御するため、海上で再突入するよう、再突入場所をフロリダ沿岸からカリフォルニア沿岸に移すと発表した。スペースXは過去に、トランクの再突入を無制御で行っていたが、破片の一部が再突入で残ってしまい、陸地に落下したケースがあった。太平洋上で再突入することで、そうした危険を未然に防げる。
人類初の極軌道有人飛行を、民間のみで実現
フラム2の最大の意義は、人類が初めて極軌道を有人飛行で周回した点である。これまでの有人宇宙飛行は、低軌道や月の探査に限定されており、極軌道は未踏の領域だった。
過去の記録では、1963年のソヴィエト連邦の「ヴォストーク6」ミッションの軌道傾斜角約65.1度が最も極域に近い軌道だった。アポロ計画でも極域は遠くからしか観察されておらず、宇宙飛行士が極域を肉眼で見ることは実現していなかった。フラム2の乗組員は、この世界初を達成した人類として歴史に名を残した。
このミッションは、民間宇宙開発の進展を示す象徴でもある。米国航空宇宙局(NASA)のような国家主体ではなく、民間企業スペースXと民間人の自己資金のみで極軌道飛行を実現したことは、商業宇宙飛行がさらに進み、新しい段階に入ったことを示している。
また、科学的成果と視覚的成果の両方でも大きな成功を収めた。まず、注目すべきはSTEVEの観測だ。STEVEはオーロラに似た発光現象だが、色や持続時間、発生メカニズムが異なり、未解明の部分が多い。フラム2の乗組員は、極軌道からSTEVEを直接観察し、写真や映像を撮影した。STEVEは比較的最近に命名、注目された現象であり、それ以前はオーロラ研究の副産物として扱われることが多かった。STEVEのみに着目した記録は、今後の研究に役立つかもしれない。
もっとも公平を期すならば、本格的な研究のためには、わずか4日間のミッションでは足りない。そもそも人が観測する必要もなく、無人の観測衛星を打ち上げるほうが、より簡単に多くの成果が得られることは言うまでもない。ただ、今回のミッションをきっかけに、宇宙からSTEVEがどう見えるのか、どのようなカメラで、どれくらいの頻度で観測すればいいのか、といった理解が進むことで、将来的に小型衛星などを使った観測ミッションにつながるかもしれない。
一方で、人体への影響に関する研究は、有人飛行を行うことでしかできず、間違いなく大きな成果と言えよう。約3日半の飛行中、乗組員は放射線被曝や無重力状態での変化をモニタリングした。これまでのISSミッションとは異なる軌道環境でのデータは、将来の長期間の宇宙飛行の安全性向上に役立つだろう。
また、視覚的・文化的な成果も見逃せない。宇宙から、人間の手で捉えられた南極や北極の真っ白で幻想的な世界の写真や映像は、Xなどのソーシャルメディアを通じて公開され、一般の人々にその美しさと探査の意義を伝えた。これにより、宇宙への関心がさらに高まり、次世代の科学者や冒険家にインスピレーションを与える可能性がある。
フラム2は、人類が極軌道を初めて有人飛行で周回した歴史的ミッションとして、科学と探査の新たな地平を開いた。そして、人類が地球と宇宙のつながりを再認識するきっかけにもなった。宇宙から極域を見つめたこのミッションは、ひるがえって地球から宇宙へ、そして未来を見つめることにつながり、宇宙の未知に挑んだ一歩として長く記憶されることだろう。
参考文献