米宇宙企業スペースXなどは2024年8月12日、史上初めてとなる、地球を南北に回る極軌道への有人宇宙飛行ミッションを実施すると発表した。

ミッション名は「フラム2 (Fram2)」と呼ばれ、早ければ今年末にも打ち上げられる。全員民間人から構成される商業宇宙飛行ミッションとなり、ミッション中には科学観測や研究を行うという。

  • 「フラム2」ミッションで地球の極域を飛行するクルー・ドラゴン宇宙船の想像図

    「フラム2」ミッションで地球の極域を飛行するクルー・ドラゴン宇宙船の想像図 (C) SpaceX

フラム2ミッションとは?

フラム2は、起業家、冒険家のチュン・ワン(Chun Wang)氏が主宰するミッションで、スペースXの有人宇宙船「クルー・ドラゴン」で飛行する。

ミッション名のフラム2とは、ノルウェーの探検家フリチョフ・ナンセンが北極探検で搭乗したり、のちにロアール・アムンセンの南極探検にも使われたりした、探検船「フラム号」にちなんでいる。

ワン氏は中国生まれで、現在はマルタ共和国の市民権を持つ。仮想通貨(暗号資産)の先駆者で、ビットコインのマイニングプール大手のF2poolや、イーサリアムのステーキング・プロバイダーとして最大手のstakefishを設立したことで知られる。また、南極や北極を含む、世界127の国や地域を訪れた経験も持っている。

ミッションに参加するのは、ワン氏をはじめとする以下の4人の民間人で、全員にとって今回が初の宇宙飛行となる。

ヤニッケ・ミケルセン(Jannicke Mikkelsen)氏

ノルウェー人。映画監督・撮影監督。2019年には小型ジェット機で地球を史上最速で一周し、ギネス世界記録を樹立した。フラム2では宇宙船コマンダー(Spacecraft commander)を務める。宇宙に到達する初のノルウェー人女性となる

エリック・フィリップス(Eric Philips)氏

オーストラリア人。冒険家。フラム2ではパイロットを務める。地球を回る軌道に乗る初のオーストラリア人となる

チュン・ワン氏

中国生まれ、マルタ共和国出身。起業家、冒険家。フラム2ではミッション・コマンダー(Mission commander)を務める

ラベア・ロゲ(Rabea Rogge)氏

ドイツ人。エンジニア、極地の研究者。フラム2ではミッション・スペシャリストを務める。軌道に乗る初のドイツ人女性となる

  • フラム2ミッションの乗組員

    フラム2ミッションの乗組員。左から、エリック・フィリップス氏、ヤニッケ・ミケルセン氏、チュン・ワン氏、ラベア・ロゲ氏 (C) SpaceX

打ち上げは2024年末以降に予定されている。フロリダ州から「ファルコン9」で飛び立ったクルー・ドラゴンは、高度425~450 km、軌道傾斜角約90度の極軌道に乗る。ミッション期間は3~5日間が計画されている。

ちなみに、国際宇宙ステーション(ISS)の軌道傾斜角は51.6度であり、まったく異なる軌道であるため、フラム2は単独で飛行する。

極軌道からは、南極、北極を含む、地球の全体を観察することができる。とくに、極域はISSなどの軌道からは見られず、アポロ計画でも遠くから見られたのみだった。そのため、フラム2の4人は世界で初めて、地球低軌道から極域を肉眼で見ることになる。

また、クルー・ドラゴンの先端には、キューポラと呼ばれるドーム状の大きな窓が設けられており、乗組員たちはその窓を通じて、極地などを観測することができる。

さらに、乗組員は「スティーヴ(STEVE)」と呼ばれる現象についても研究する。スティーヴは、地球の上空約400~500kmで起こる発光現象で、オーロラに似ているものの、色や発生時間が異なっており、そのメカニズムは明らかになっていない。

加えて、宇宙飛行が人体に与える影響について調べるための研究も行われる。主に、宇宙での最初の人間のX線画像の撮影、ジャストインタイム(必要なものを、必要なときに、必要なだけ)のトレーニング機器の研究、宇宙飛行を通じた行動的健康学の研究などがあり、将来の長期的な有人宇宙飛行に必要な、技術や機器の開発に役立つという。

打ち上げが2024年末ごろに行われる場合、北極は極夜、もしくはその前後に当たるため、肉眼で見ることは難しいかもしれない。一方、オーロラやスティーヴのような発光現象の観測には夜が適しているため、そうした時期に飛行することは理に適っている。

ワン氏は、「このミッションでは、乗組員の探検精神を強調し、大衆に驚きと好奇心をもたらし、そして地球の探検の限界を押し広げ、ミッションの研究を通じてテクノロジーがどのように役立つかを強調することを目指しています」と語る。

ミッションにかかる費用はワン氏がすべて支払ったものとみられるが、金額は明らかにされていない。

スペースXはこれまで、クルー・ドラゴン宇宙船を使って、13回の有人宇宙飛行ミッションを行っている。そのうち9回は米国航空宇宙局(NASA)によるISSへの宇宙飛行士の輸送ミッションだったが、残りの4回は民間人が資金を出したり、民間企業が主体になったりして行われた、商業宇宙飛行ミッションだった。

2021年には、実業家・起業家のジャレッド・アイザックマン(Jared Isaacman)氏が主催する「インスピレーション4」ミッションで、4人の民間人がクルー・ドラゴンに乗り、3日間の宇宙飛行を実施した。アイザックマン氏はまた、今年8月下旬にも新たな民間宇宙飛行ミッション「ポラリス・ドーン」を計画しており、史上初となる民間人による船外活動が予定されている。

また、2022年には、民間企業のアクシアム・スペースによる「アクシアム1」ミッションが行われ、ISSに自社や世界各国の宇宙飛行士を輸送した。2023年、2024年にも同様のミッションが行われている。

フラム2はこれらに続く、通算6回目の商業宇宙飛行ミッションとなる。

  • 「フラム2」ミッションで地球の極域を飛行するクルー・ドラゴン宇宙船の想像図

    「フラム2」ミッションで地球の極域を飛行するクルー・ドラゴン宇宙船の想像図 (C) SpaceX

史上初の極軌道への有人飛行

宇宙開発の歴史上、極軌道への有人宇宙飛行が行われたことはない。これまでの最高記録は、1963年の、ワレンチナ・テレシコワ宇宙飛行士が乗った「ボストーク6」の約65.1度だった。

過去には、米国がスペースシャトルを極軌道へ打ち上げるミッションを計画していたことがあった。前述のように、極軌道は地球全体を見られるため、今も昔も多数の軍事偵察衛星が投入されており、シャトルを使って米国の偵察衛星を打ち上げたり、ソビエト連邦(現ロシア)の偵察衛星を回収(奪取)したりといったミッションが考えられていた。実際に、カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地(現在は宇宙軍基地)に発射台も建設された。

しかし、1986年の「チャレンジャー」の事故を受け、最終的に中止され、実現することはなかった。

現在は、ロシアがISSに続く独自の宇宙ステーション「ROS(Russian Orbital Station)」の建造を計画しており、実現すれば極軌道に打ち上げられることになっている。ISSとは異なり、地球全体を見られるため、ロシアはISSよりも優れた宇宙ステーションになると主張している。

早ければ2027年にも最初のモジュールの打ち上げが予定されているが、ウクライナ侵攻による資金の問題、また欧米などからの経済制裁の影響もあり、実現するかどうかは未知数である。

参考文献

SpaceX - Updates - First Human Spaceflight to Fly Over Earth’s Polar Regions
fram2: First Human Spaceflight To Earth’s Polar Regions