東京大学(東大)は4月4日、リチウムイオン電池(LIB)の発火や爆発を引き起こし、安全性に深刻な影響を与える「熱暴走」の危険性を効率的かつ低コストに評価する新しい手法を開発したと発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の山田淳夫教授、同・コ‐ソンジェ講師、物質・材料研究機構(NIMS) エネルギー・環境材料研究センターの増田卓也センター長(北海道大学大学院 総合化学院 物質化学コース 客員教授兼任)、同・山口祥司特別専門職、同・蓄電池基盤プラットフォーム 大塚裕美エンジニアらの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のエネルギーに関する学際的な学術誌「Nature Energy」に掲載された。
現在幅広く用いられているLIBは、他のバッテリーと比較して高い電圧(2.4~3.8V程度)と高いエネルギー密度を有しており、スマートフォンなどの各種モバイル機器、電気自動車(EV)、大規模な電力貯蔵システムなど、幅広い分野で活用されている。今や、現代文明を支える技術の1つといえるだろう。
一般的なLIBは、リチウムを含む遷移金属酸化物の正極材、リチウムイオンを吸蔵できるグラファイト(黒鉛)やシリコンなどの負極材、そしてそれらを隔てるセパレータと電解液で構成されている。多くのLIBで電解液として採用されているのが、有機溶媒にリチウム塩を溶解させた液体で、これが発火のリスクとなっている。この電解液は引火性が高く、過熱や衝撃、短絡などの異常がLIBに発生した場合、制御不能な急激な温度上昇である熱暴走を起こす危険性があることが理由で、実際に海外では近年EVの出火事故が問題となっている。
しかしながらLIBに対しては現在、さらなる高エネルギー密度化と大規模化が求められている。そのため、蓄えられるエネルギー量が増加するにつれて、発火や爆発事故につながる危険性も増大している。このことから、熱暴走を効果的に抑制することが重要であり、そうした仕組みを開発するための効率的かつ高精度な安全性評価技術が求められていた。
従来の評価手法は、製品レベルのサイズのLIBを対象としたもので、大量の原材料や高価な製造設備に加え、大型防爆設備などの厳格な安全基準が求められるため、基礎研究や開発段階での実施が容易ではないことが課題だ。このような制約は、LIBの安全性向上を目指した新材料の開発や電池設計の効率的な最適化を妨げる大きな障壁となっている。そこで研究チームは今回、簡便かつ高感度なLIBの安全性検証手法の開発を試みたという。
今回の研究では発熱検出感度を高めるべく、従来比約50分の1という独自に最適化した形状を持つ極めて小型のLIBが用いられ、熱暴走挙動の定量的な解析が可能であることが実証された。これにより、数百ミリグラムの正極材や負極材、数百マイクロリットルの電解液といった極めて少量の原材料で、安全性に関わる多様な因子による影響を高速かつ低コストで評価できるようになるとした。
さらに、定量データの収集が大幅に効率化・簡便化されることで、安全性に関わるさまざまな設計因子(正極・負極・電解液などの構成材料とその導入比、電池形状など)や使用条件(温度、保管条件、充放電回数、急速充放電の有無など)による影響を、高速かつ低コストでのスクリーニングが可能になるという。
電池が過熱や衝撃、短絡などの異常な状況にさらされると、電池内部では熱暴走に至る一連の発熱性化学反応が起こる。その反応には「負極保護被膜の分解」「負極材と電解液の直接反応」「正極材の熱分解による酸素放出」などがあり、その結果、電池内部温度(電池自己発熱速度)が急激に上昇する。今回の研究では、発熱検出感度を高めるため独自に最適化した形状を持つ従来比1/50程度のサイズの小型電池に対し、これらの化学反応を定量的かつ効率的に測定することを可能にした。
LIBにとって安全性は、あらゆる性能指標に優先される最重要事項だ。今回の研究成果は、安全性が高度に担保されたLIBの実現に向けた中核技術として、幅広く活用が可能になるとする。製品開発段階はもちろんのこと、新材料探索や設計初期段階における安全性定量情報の効率的収集・フィードバックを通じて、LIB開発プロセス全体の大幅な低コスト化と高速化に貢献することが期待されるとしている。