日本人宇宙飛行士の大西卓哉氏が、まもなく国際宇宙ステーション(ISS)の長期滞在ミッションに向けて飛び立つ。大西氏にとって2回目の宇宙飛行となり、スペースXの「クルー・ドラゴン」宇宙船に乗ってISSを訪れ、米国やロシアの宇宙飛行士たちとともに、さまざまな科学実験や技術実証に臨む。さらに、日本人で3人目となるISS船長(コマンダー)も務める。
大西飛行士ら乗せたCrew-10、旅立ちは3月13日の朝
大西宇宙飛行士らが乗るクルー・ドラゴン運用10号機(Crew-10)は、日本時間3月13日8時48分(米東部夏時間12日19時48分)に、米国航空宇宙局(NASA)ケネディ宇宙センターから打ち上げられる予定だ。
Crew-10には、大西氏のほか、NASAのアン・マクレイン(Anne McClain)宇宙飛行士、ニコル・エアーズ(Nichole Ayers)宇宙飛行士、ロシア・ロスコスモスのキリル・ペスコフ(Kirill Peskov)宇宙飛行士が搭乗する。ISS到着後は、別の宇宙船でやってきたクルーらとともに、約半年間にわたってISSに滞在し、科学実験や技術実証、ISSの運用維持などのミッションを行う。
当初、Crew-10の打ち上げ予定は2025年2月以降だったが、宇宙船カプセルの製造が遅れ、予定は後ろ倒しとなった。一時は3月下旬以降にずれ込む可能性もあったが、ドナルド・トランプ大統領が「ISSに取り残されている宇宙飛行士を救助したい」と主張し、Crew-10の打ち上げ前倒しと、それによるISS長期滞在クルーの早期交代を要請した。
これを受けて、NASAとスペースXは別のミッション用に整備が進んでいたカプセル「エンデュランス」と交換し、3月中旬の打ち上げを可能にした。
ISS船長を務める大西飛行士。将来の探査に役立つ実験も
大西氏は1975年東京都出身で、全日本空輸(ANA)でパイロットを務めたあと、2009年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士候補に選ばれた。その後、厳しい訓練を経て、2011年に宇宙飛行士として認定された。
2016年には、ロシアの「ソユーズ」宇宙船に乗って初の宇宙飛行へ飛び立ち、ISSの第48/49次長期滞在を務めた。ISSには約113日間滞在し、科学実験、船外活動(EVA)支援でのロボティクス運用、補給船のキャプチャー(把持)などの任務を遂行した。地球に帰還したあとは、地上で「きぼう」日本実験棟の運用管制チームのフライト・ディレクターとしても活躍した。
今回の長期滞在ミッションでは、ISSの第72/73次長期滞在を務め、ISSの運用維持や科学実験を行う。第72次長期滞在ではフライト・エンジニアを務め、第73次長期滞在ではISSの船長を務める。
日本実験棟「きぼう」では、地上の暮らしや将来の月・火星探査に役立てることを目指し、
- DRCS:将来の有人宇宙探査に向けた二酸化炭素除去の軌道上技術実証
- 静電浮遊炉(ELF):電浮遊炉を使用した高精度熱物性測定。材料を浮かせて融かすことで、高融点材料の隠されている性質を解明する
- Space Cancer Therapeutics:宇宙環境ががん治療薬の効果に与える影響を解明する
など、大きく10テーマの科学実験や技術実証を実施する。
こうした実験や実証について、大西氏は、フライト・ディレクターとして「きぼう」の運用に携わった経験を生かしたいと、次のように抱負を語る。
「(前回のミッションで)宇宙で作業をしているとき、地上では何がどう行われているのか想像を働かせるには限界があった。地上の仕事をよく知るためにはフライト・ディレクターをやるべきだと感じ、実際に担当させていただいた。そこで得た経験が、今回のミッションにおいて自分を助けてくれると思っている。宇宙と地上の息を合わせられるようがんばっていきたい」(大西氏)。
また、ELFについて、「前回のミッションではELFの初期チェックアウトを担当し、一生懸命取り組んだ。大学で材料系の勉強をしていたこともあり、ELFは思い入れが強い。今回もELFを使った実験が多数控えており、非常に楽しみにしている」と語った。
一方、ミッション後半で務めるISS船長という役割は、多国籍のクルーを統率し、指揮を取り、ミッションのスケジュール管理や緊急時の意思決定を行うなど重責を担う。日本人のISS船長は、若田光一氏、星出彰彦氏に続く3人目となる。
大西氏は、「私はチームの先頭に立ってグイグイと引っ張っていくタイプではない。むしろ、チームのメンバーにはのびのびと動いてもらって、自分は縁の下の力持ちとして全体を支えていくタイプのリーダーだと思っている。自分なりのスタイルで、精一杯職務に当たりたい」と意気込みを語っている。
「最後のISS滞在になるかも」。次なる目標は「月」
今回のミッションは、いくつかの点で重要な意義を持つ。
第一に、ISSは2030年に退役が予定されており、宇宙開発史におけるひとつの大きな時代の終わりが目前に迫っている。
1998年に最初のモジュールが打ち上げられて以来、ISSは30年近くにわたり有人宇宙開発の拠点として活躍し、数多くの科学実験や技術実証が行われてきた。大西氏は「今回が最後のISS滞在になるかもしれない」と語り、ISSとの別れに対する深い感慨と惜別の念を口にしている。
ISSの退役はまた、これまでの知識や技術を次世代に引き継ぎ、未来の宇宙開発に役立てる機会でもある。大西氏には、今回のミッションで得られる成果を最大限に活かし、それを次世代に引き継ぐ役割が期待されている。
第二に、日本人宇宙飛行士がISS船長を務めることは、日本の宇宙技術と人材の国際的評価を高める機会となる。大西氏は、旅客機パイロットとしての経験に加え、フライト・ディレクターとしての知見も持ち合わせており、これらを活かして多角的な視点からミッションに取り組むことができる。
一方、有人宇宙開発において高い実績を誇っていたロシアは、近年技術力に陰りが見え、ウクライナへの侵攻で国際的評価を失っている。米国も、第二次トランプ政権がNASAの予算、人員の大幅な削減を示唆するなど、不安定な状態にある。このような状況下で、日本人宇宙飛行士がリーダーシップを発揮することは、宇宙開発だけでなく、国際協力でも存在感を示すことができる。
そして第三に、NASAが中心となって進める国際宇宙探査計画「アルテミス」など、将来の有人月探査や火星探査を見据えた技術と知識の蓄積が期待される。
大西氏は今回のミッションで、長期有人宇宙滞在技術や探査技術の獲得に向けた研究や実証に臨むほか、船外活動(EVA)への意欲も示している。
また、「月に行きたいかどうかと問われれば、宇宙飛行士としてはやはり行きたい」としたうえで、「まずは今回のミッションをしっかりとやり遂げる。それが次のステップにつながるだろう」と語り、有人月探査に必要なスキルを磨く機会として今回のミッションを位置づけている。
今回のミッションは、大西氏にとって月へ向けた大きな一歩となり、そして世界の中で日本の役割と存在感を高める、大きな一歩にもなるだろう。
参考文献