富士通と横浜国立大学(横国大)は2月12日、スーパーコンピュータ(スパコン)「富岳」上で、富士通が有する大規模並列処理技術と、横国大が有する気象シミュレータ「CReSS(Cloud Resolving Storm Simulator)」を組み合わせることで、これまで困難とされていた台風に伴って発生する竜巻を予測する気象シミュレーションに成功したことを発表した。

これに際し両者は、記者会見を開催。CReSSを開発した横国大 台風科学技術研究センターの坪木和久教授、富岳へのモデル最適化に携わった富士通 コンピューティング研究所の中島耕太所長が登壇し、今回発表された成果の意義や今後の展望について説明した。

  • 共同記者説明会の様子

    富士通と横国大による共同記者説明会の様子

観測が難しいのに甚大な被害をもたらす「竜巻」

1999年9月24日、九州から日本列島に上陸した後に北上を続けた強い台風18号は、それに巻き込む形で発達した積乱雲を含む“アウターバンド”がかかった愛知県に4つの竜巻を発生させた。中でも豊橋市で発生した竜巻は甚大な被害を引き起こし、負傷者は400名超に。“日本史上最大の竜巻”として記録が残されている。

このように、観測ができないほど小規模の現象でありながら、忽然と発生し大きな破壊力を持つ竜巻は発生予測が非常に難しく、特に台風に伴って発生する竜巻は、発生数全体の2割程度であるものの「スーパーセル積乱雲」の発生を伴い強い勢力を有するとのこと。しかし日本や周辺地域では、単位面積あたりの数でみれば米国のトルネード発生数にも匹敵しており、国内でも竜巻の発生を予測する手段の開発が求められていた。

現在では気象庁により、「竜巻注意情報」が運用されている。2008年に運用が開始されたこの情報は、数値予報で予測された上空の風や気温などの情報から“突風関連指数”や“突風危険指数”を計算し、状況を予測するもの。しかしその精度は低く、運用開始から今まで的中率は数%にとどまっていたとする。また現在の竜巻予測としては、ドップラーレーダーでスーパーセルを観測する手法が主流であるものの、すべての竜巻がスーパーセルにより生まれるわけではないため不完全である上、予測も10分前程度が限界だったという。

それらの課題を打破する手段として考案されたのが、雲解像モデルを用いた積乱雲のシミュレーションによる竜巻発生ポテンシャルの予測だ。横国大の坪木教授が開発した雲解像モデル「CReSS」は、雲スケール(50m~2000m)からメソスケール(2km~2000km)までの規模を扱える高精度な気象シミュレータで、さまざまな基本方程式をもとに、台風を原因とした竜巻を発生させるスーパーセルの発生や発達について高解像度でのシミュレーションが可能だとする。

  • 横国大 台風科学技術研究センターの坪木和久教授

    横国大 台風科学技術研究センターの坪木和久教授

ただしCReSSは、さまざまな空間的スケールの事象を解析対象として複雑な物理方程式を用いて計算する上、台風全体やその進路を含む広範な領域を100m以下の高解像度でシミュレーションする必要があり、膨大な計算量が必要となっていた。そのため4時間後の状況を予測するために約11時間を要しており、事前の予測に用いることはできなかったという。

富岳への最適化で計算速度は約9倍に - 竜巻発生予測を実現

そこで今回の取り組みでは、大規模かつ高精度なシミュレーションが可能なCReSSについて、竜巻予測に必要な制度は維持しつつ計算量を大きく削減した計量モデルを開発。さらに富士通が有する大規模並列処理技術として、スパコン「富岳」のサーバ間ネットワーク構造に適したシミュレーション処理のマッピングや、演算とファイル出力のオーバーラップ実行を適用し、シミュレーション時間の短縮を目指したとする。

そして両者は、2024年8月に九州地方で竜巻被害をもたらした台風10号を対象に、最適化したCReSSを用いて、「富岳」の8192ノード上で予測実験を実施。気温・気圧・湿度・風向き・風速などの3次元空間データを活用し、九州地方に接近および上陸した際の台風全体のシミュレーションを行った結果、実際に九州東岸で発生した多くの竜巻を再現することに成功したとする。また最適化処理を施したことにより、従来は11時間ほどかかっていた4時間後の竜巻シミュレーションの実行時間は74分にまで短縮。竜巻発生の予測解析を実現した。

  • 2024年に発生した台風10号の台風全域シミュレーション結果

    2024年に発生した台風10号の台風全域シミュレーション結果(左:雨量、右:風速)。右図の赤丸は、強い渦状の強風が現れた箇所を示している(出所:富士通)

なお両者によると、今回の事例では富岳の有する計算資源のうち5%程度のみを用いた結果であり、今後さらに大規模で高速な予測に発展させることが可能とのこと。また残された計算資源を活かし、初期値の誤差拡大を事前に把握するアンサンブル予測へと発展することも期待されるとした。

今般発表された富岳最適化版CReSSについて、富士通の中島氏は、2025年3月までに研究コミュニティ向けに公開予定であることを発表。得られた成果の幅広い評価や活用を目指すとする。また横国大の坪木教授は、「現状ではまだ竜巻予測の精度は完璧とはいえず、発生時間や発生場所には誤差がある」と語り、現時点では“竜巻発生ポテンシャルの予測”が可能になったと解釈すべきとコメント。しかし今後はその精度向上に取り組むとともに、台風以外に起因する竜巻についても予測可能にすることが重要だとしている。

  • 富士通 コンピューティング研究所の中島耕太所長

    富士通 コンピューティング研究所の中島耕太所長

両者は今後、竜巻などの局所的な突風や大雨の予測精度を向上させる研究を進めることで、防災・減災に加え、地球環境問題の解決に貢献していくとしている。

富士通と横国大による発表の概要(出所:Fujitsu Research YouTubeチャンネル)