東京大学(東大) 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)と国立天文台(NAOJ)は1月10日、すばる望遠鏡のアップグレードを行う「すばる2」計画において、新たな4つの主力観測装置のうち、約8億7000万もの画素を有する世界最高クラスの超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(ハイパー・シュプリーム・カム(HSC)、2013年稼働)、系外惑星の影響で生じる恒星のかすかなふらつきを極めて高い精度で検出できる赤外線ドップラー装置「InfraRed Doppler」(インフラレッド・ドップラー(IRD)、2018年稼働)に続き、およそ2400もの天体の同時分光が可能となる超広視野多天体分光器「Prime Focus Spectrograph」(プライム・フォーカス・スペクトログラフ、PFS)の開発と調整が完了し、2025年2月から本格稼働開始となることを記者会見において発表した。
会見には、PFSプロジェクトを主任研究者(PI)として率いてきたKavli IPMUの村山斉教授(米・カリフォルニア大学バークレー校 教授兼任)、PFS開発のプロジェクトマネージャーを務めるNAOJ ハワイ観測所の田村直之教授(前・Kavli IPMU 特任准教授)が登壇したほか、NAOJも属する自然科学研究機構の川合眞紀機構長、NAOJ ハワイ観測所の宮崎聡所長、Kavli IPMUの横山順一機構長、同・高田昌広副機構長、英 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのリチャード・エリス教授、米・プリンストン大学 宇宙物理科学学科長のマイケル・シュトラウス教授ら会見場およびリモートで出席した。
随一の広視野を活かした高性能を目指すPFS
どのような製品も技術も、時を追うごとに性能が高まるのは当然だ。大型望遠鏡もその例に漏れず、1999年1月にファーストライトを迎えて以来、四半世紀以上の活躍を続けてきたすばる望遠鏡についても、今ではもっと大きな望遠鏡が複数ある状況である。しかし大型望遠鏡は観測機器の性能の寄与が大きいため、歴史ある望遠鏡であっても、観測機器の性能向上を続ければ一線級の性能を維持できる。
すばる望遠鏡が有する最大の特徴は、その視野の大きさだ。望遠鏡において非常に重要な要素として、主鏡の大きさに並び、視野の広さも重要である。たとえば月面観測の場合、満月全体の観測に何回にも分けて観測する場合と、観測精度の細かさでは少し劣るが一度に全体を観測できる場合とでは、作業効率の良さでは後者の方が圧倒的に優れているといえる。その点で、主焦点における視野の直径がおよそ1.3度のすばる望遠鏡は、口径の大きな世界のどの大型望遠鏡の追随も許さないとされる。
すばる望遠鏡の視野は満月を横に3個並べた広さに近く、ほかの大型望遠鏡と比べても群を抜いている。世界中の視野が広い望遠鏡でも、満月が丸ごとは収まりきらない程度の視野しかなく、すばる望遠鏡とは比較にならないという。そしてこれだけ視野が広いと、同じ種類の天体が複数収まりやすいため、一度にまとめての観測もそれだけしやすくなる。
これまでのサーベイ観測プロジェクトの中で、史上最も重要な成果を出したとされるSDSSでは、広い視野を持つものの主鏡は小さい望遠鏡が用いられた。それに対し、もし人間に例えると120もの極めて高い視力を持つすばる望遠鏡でサーベイ観測を行うと、さらに大きな観測成果が得られることが期待される。実際、すでにHSCを使った戦略枠観測プログラム「HSC-SSP」が実施されており、これまでに膨大な撮像データが3回に分けて公開されている(最終データとなる4回目のリリースは時期未定)。
なお望遠鏡による観測では、単に届いた可視光を結像するだけでは不十分とされる。もちろん、光学的に撮像された美しい宇宙の姿も重要だが、届いた光をプリズムに通して光の波長ごとに分析する分光こそが極めて重要であり、星や銀河の化学組成、星の種類や年齢など、分光観測ではじめてわかることがいくつもあるのだ。中でも、天体の遠ざかる速度さえわかれば、すばる望遠鏡であれば極めて遠方の天体でも三次元情報が得られることになることから、すばる望遠鏡の分光性能の向上が求められ、それがPFSによって実現された。
PFSは複数の機器で構成され、主焦点装置には約2400本もの光ファイバが配されている。これにより、すばる望遠鏡の超広視野において、これまでの20倍となる約2400天体の分光観測を同時に行うことが可能だ。また光ファイバの隙間については、光ファイバそれぞれをピエゾ素子を用いてある程度動かすことができ(頭髪の半分ほど、20~30μmの精度)、観測したい天体の方向に向けることが可能だという(光ファイバ位置制御装置は「コブラ」と呼ばれる)。この仕組みにより、基本的に観測できない死角はない構造となっているとのこと。なお、主焦点装置の焦点面全体を一気に撮像して光ファイバの現在位置を正確に測定させるメトロロジカメラシステムを用いて、この光ファイバの配置を素速く行えるようにしてあるといい、またPFSが取得できる電磁波(光)の波長域は、可視光線全域と近赤外線の一部(380~1260nm)だ。
15年を要した悲願がついに結実、新発見に向け観測開始へ
このようなPFSが稼働することで、すばる望遠鏡の分光観測の効率は飛躍的に向上することになる。そのPFSの開発は、Kavli IPMU主導の下、すばる望遠鏡を運用するNAOJと二人三脚で進められてきた。Kavli IPMUは、宇宙の成り立ちに関するさまざまな理論模型を観測で実証するため、観測装置の提案・開発や大規模サーベイ観測計画の立案を統括。一方のNAOJは、装置開発や全体の統括に参画すると共に、装置の受け入れと運用を行う機関として中心的な役割を担ってきた。また、PFSプロジェクトには、米国、フランス、ブラジル、台湾、ドイツ、中国の20以上の研究機関が参加しており、研究チームのメンバーは現在では総勢150名にも及ぶとのこと。また国内外の多くのメーカーも協力しており、途中でコロナ禍などの厳しい時期もありながら、補助金、寄付金、国際協力による総額約1.1億ドルの予算を集め、15年に及ぶ開発期間を経て完成したとする。最初は村山教授と田村直之教授の二人で始め、15年かけて完成にこぎ着けたということで、会見ではふたりとも涙ぐんでしまう場面もあり、大変な苦労があったことが忍ばれた。
今後PFSの国際チームは、数年をかけて、合計360夜分の観測時間を活用し、広大な宇宙における数百万個の銀河の分光観測に挑むとのこと。宇宙の三次元地図を作製し、その時間変化を追うことで、加速する宇宙膨張を操るダークエネルギーの正体を探ると共に、多数の銀河を分光観測して138億年の宇宙史における銀河の形成過程を明らかにするとしている。さらに、天の川銀河やアンドロメダ銀河に属する数十万個の星を分光観測を行い、星の運動から重力の強さを解明することで、ダークマターの性質を探り、両銀河の形成史を解明するとした。加えて、宇宙が誕生して1秒後の時点で生まれたニュートリノが現在の宇宙の質量においてどれだけの割合を占めるのか、アインシュタインの理論や宇宙の標準モデルは正しいのか、宇宙の運命や終わりなどについても迫るとする。
PFSの本格稼働に対し、生みの親である村山教授は、「このものすごい装置をついに稼働できることはとてもエキサイティングです。15年間の準備がやっと今実を結びました。プロジェクトが長くかかると、時として科学的な価値を失ってしまうことがあります。一方、PFSはむしろ今こそサイエンスの機が熟してきました。銀河の誕生から宇宙の運命まで、目を見張るサイエンスをこれから5年、そしてその後も見ていくのが楽しみです」とコメント。
またもう1人の生みの親である田村教授は、「この間、製造、組み立て、試験というプロセスの中で、機関ごとに分かれた人と人、チームとチームをひたすらつなげる努力をしてきたつもりですが、それが1つの装置として結実したのは感無量です。ただこれは、息の長い運用とこれまでにない科学的成果の創出という究極の目標への通過点です。気を引き締めて、できる努力を続けていきます」としている。
なお、今後の観測は2月1日からスタートとなり、3月末からはサーベイ観測も始まる予定だ。