東京大学(東大)と産業技術総合研究所(産総研)の両者は1月8日、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、ダイヤモンド表面の個々の炭素原子を可視化する技術を開発したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の杉本宜昭教授、東大 物性研究所(物性研)の尾崎泰助教授ら、産総研 先進パワーエレクトロニクス研究センターの小倉政彦主任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。
ダイヤモンドは、キャリア移動度(固体中での電子の移動しやすさ)や熱伝導率、絶縁破壊電界などが高いことから、究極の半導体として期待されている。ただし、完璧なように見えてもダイヤモンド薄膜の表面には空孔などの点欠陥や転位などが存在すると考えられており、それらはデバイスの性能を下げる要因となっている。つまり、デバイスの性能を向上させるためには、ダイヤモンド表面を原子スケールで可視化して、微視的な構造を理解する必要がある。
しかし、これまでに原子スケールの構造解析を可能にする顕微鏡技術がいくつかあるが、ダイヤモンド表面の個々の炭素原子を可視化することは達成されていなかった。特に、走査トンネル顕微鏡を用いた観察は長い歴史があるが、原子レベルの分解能には至っていなかったといい、ダイヤモンドの導電性が低いことや、表面の炭素原子が密集していることなどが理由だという。そこで研究チームは今回、超高真空環境で動作するAFMを用い、ダイヤモンド表面における個々の炭素原子を可視化を試みたという。
産総研が有するプラズマ化学気相堆積(CVD)法による高品質ダイヤモンド薄膜成長技術では、薄膜成長条件の最適化により原子レベルで平坦な表面を作り出すことを可能とする。今回の研究では、同技術を駆使して作製されたダイヤモンド(001)面が試料として用いられた。なお結晶の表面は、結晶格子中の結晶方向や結晶面を表す指数(ミラー指数)によって表現され、(001)面は最もシンプルな表面であり、この表面ではペアを組んだ炭素原子が配列している。このペアを組んでいる炭素原子の間隔は1.39オングストローム(Å)しかなく、そのわずかな間隔こそが、個々の炭素原子の可視化を困難にする理由となっていたのである。
そこで今回は、活性なシリコンの探針を用いてAFM観察を行うことにしたという。探針を表面にわずか数Åの距離まで接近させて観察すると、個々の炭素原子が観察できることが判明。これにより、ダイヤモンド表面の点欠陥が分析できるようになったとした。
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(a)ダイヤモンドの(001)面の構造モデル。表面を上から見た構造(上)と、横から見た構造(下)。黒丸が最表面の炭素原子で、ペアを作って安定化している。(b)ダイヤモンドの(001)面のAFM像。個々の炭素原子が可視化されている。右上の白楕円は、炭素原子のペアが欠損している空孔。原論文の図を改変したものが使用されている(出所:東大 物性研Webサイト)
ダイヤモンド表面の個々の炭素原子が可視化される機構を解明するため、東大 物性研において第一原理計算を行ったところ、ペアを組んだ炭素原子は、探針と結合を作る余地があることが突き止められた。そして、シリコンからなる探針のモデルをダイヤモンド表面のモデルに接近させたところ、実験で検出された炭素原子からの強い信号が再現されたという。
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第一原理計算に用いたダイヤモンドの(001)面とAFMの探針のモデル。探針先端のシリコン原子とダイヤモンド表面の炭素原子が化学結合している様子。矢印の青い領域は、最表面の炭素原子が真空側から近づいた原子と相互作用できる領域。斜めに結合を作ることがわかる(出所:東大 物性研Webサイト)
今回、ダイヤモンド表面を原子スケールで分析できることが示されたことで、ダイヤモンドデバイスの性能向上に貢献できるとする。たとえば、さまざまな条件で作製されたダイヤモンド薄膜を分析して平坦性や欠陥の分布を調べることで、原子レベルで平坦で清浄なダイヤモンド薄膜の試料作製の条件を突き止められるという。また、研究チームが開発してきた単一原子の元素同定法により、ダイヤモンド表面のドーパントや不純物原子の分布を解析することも可能だ。これにより、欠陥を利用した量子デバイスの評価や新規機能探索が可能になることが期待できるとしている。