東京大学(東大)とNTTの両者は12月10日、窒化アルミニウム(AlN)系半導体を用いた「ショットキーバリアダイオード」(SBD)の電流輸送機構を解明したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科 電気系工学専攻の前田拓也講師、同・若本裕介大学院生、同・棟方晟啓大学院生、東大 工学部 電気電子工学科の佐々木一晴学部生、NTT 物性科学基礎研究所の廣木正伸主任研究員、同・平間一行グループリーダー、同・熊倉一英所長(研究当時)、同・谷保芳孝上席特別研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、12月7~11日に米・サンフランシスコで開催のIEEE主催の半導体および電子デバイスに関する世界最大の国際会議「70th IEEE International Electron Devices Meeting(IEDM 2024)」において、初日に論文が公開された(口頭発表は最終日の予定)。
AlNは6.0eVの大きなバンドギャップエネルギーを持つ、ウルトラワイドギャップ半導体だ。そのバンドギャップエネルギーの大きさのため、電極金属と半導体の接触界面に形成される電子に対する障壁の高さが非常に大きく、低抵抗のオーミック電極を形成することが困難だという。
世界初のAlNトランジスタの作製に成功したとするNTTは、この問題に対し、これまでのAlNトランジスタ作製で培ってきた「シリコンドープ組成傾斜窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)層」を応用したとのこと。AlGaNはAlNとGaNの混晶であり、AlとGaの組成比を変えることでバンドギャップエネルギーを変調させることが可能だ。今回の研究では、n型AlN上に高Al組成から低Al組成に連続的に変化させた組成傾斜AlGaN層を形成することで、低抵抗オーミック電極形成技術を発展させ、接触抵抗を従来の10分の1以下に低減することに成功したとする。これはAlNに対する世界で最も低い接触抵抗であり、理想的な特性を得るための必要条件となるとした。
さらに、AlN系半導体のドライエッチング時のプラズマダメージを軽減することで、AlNとショットキー電極間のリーク電流の抑制が実現された。その結果、これまでで最も急峻な電流立ち上がり特性を示し、優れた整流性を有するAlN系SBDの作製に成功したという。
-
(左)AlN系SBDの光学顕微鏡像。円形パターンがショットキー電極。(右)デバイス構造の断面図。組成傾斜n型AlGaN層/n型AlN層は、有機金属気相成長法により炭化ケイ素(SiC)基板上に成長。反応性イオンエッチングにより、組成傾斜n型AlGaN層の一部を除去することでn型AlN層を露出させ、その上にショットキー電極が形成されている(出所:東大プレスリリースPDF)
なおSBDとは、「ショットキー接触」と呼ばれる接合を利用したダイオードだ。ショットキー接触とは、金属と半導体により接合を形成した際、金属の仕事関数と半導体の電子親和力の差に応じて半導体側から金属側へ電子が拡散し、エネルギー障壁と内部電界を有する空乏領域が形成される接合のことを指す。これにより、半導体側のポテンシャルを外部電圧によって変化させ、半導体側から金属側へ電流を流すことができる(ダイオード特性を示す)というわけである。
そして東大の研究チームは、今回NTTが開発に成功したAlN系SBDの電気的特性について、詳細かつ系統的な評価を行った。特に、容量特性の評価において10Hz未満という極低周波を用いる重要性を指摘し、半導体物理に基づいて正確な実効ドナー密度および拡散電位・障壁高さを得ることに成功したとする。
またこの電流輸送機構について、高い実効ドナー密度と大きな拡散電位によってショットキー界面に高電界が生じ、ポテンシャル障壁が薄くなることから、トンネル効果に起因した「熱電子電界放出」が発現していると考察したとのこと。なお熱電子電界放出とは、ショットキー接触界面に高電界が印加される際に熱分布する電子が、エネルギー障壁をトンネルすることにより電流が生じることをいう。理論計算により熱電子電界放出による電流値が求められ、容量-電圧測定で得られた障壁の高さとほぼ同様の値を用いることで、実験値と一致することが確認された。つまり、電流輸送機構が熱電子電界放出であることが解明されたのである。
さらに、室温から300℃の広い温度領域で電流-電圧特性の測定・解析を実施し、障壁の高さの温度依存性も解明。これらは、ほぼ理想的な電流立ち上がり特性を示すAlN系SBDを利用し、緻密な測定・解析を行ったことで初めて得られた成果とした。
-
AlN系SBDの順方向電流-電圧特性。実線は実験値、点線は計算値。青色が熱電子放出(TE)、赤色がトンネル効果を考慮した熱電子電界放出(TFE)。容量特性から得た障壁の高さ(eΦb)とほぼ同様の値を用いることで、実験値と計算値が良く一致し、今回の研究で用いられたAlN系SBDにおける電流輸送機構が、TFEであることが解明された(出所:東大プレスリリースPDF)
ショットキー接触は、電子デバイスの根幹をなす基本構造であり、特に障壁の高さはSBDの順方向立ち上がり電圧や逆方向リーク電流を決定する最重要物性値だ。今回の研究によって、ほぼ理想的な特性のAlN系SBDが得られたこと、この理想に近いAlN系SBDを用いて電流輸送機構と障壁の高さの温度依存性が解明されたことは、AlN系半導体デバイスの発展に大きく貢献するという。研究チームは今後、AlN系半導体を用いた低損失なパワーデバイスを実現することで、低炭素社会実現への貢献が期待されるとしている。