STMicroelectronicsは、同社の32ビットマイコン「STM32シリーズ」として、ハードウェア機械学習(ML)処理機能を搭載した「STM32N6シリーズ」の量産出荷を開始したことを正式に発表した。
同シリーズは、エッジAI機能が求められるようになっている産業機器やコンシューマ機器に機械学習機能を低消費電力ならびに低コストで提供することを目的に開発されたもので、2023年3月にドイツで開催された「embedded world」でサンプル製品を活用したデモなどが行うなど、その存在自体は依然から公言されてきた。
同シリーズの最大の特徴は同社独自開発のエッジ向けNPU「Neural-ARTアクセラレータ」を搭載していること。小型組込機器内部でコンピュータビジョンやオーディオ処理、音声分析などのハードウェア処理を提供することを目的に開発されたNPUで、STM32マイコンのハイエンドに位置づけられるSTM32H7シリーズを用いた場合のML処理(CPUで実行)に比べて、600倍となる600GOPSの演算処理性能を提供するという。
また、今回搭載されたNeural-ARTは第1世代のものであり、すでに第2世代および第3世代の開発が掲げられ、第2世代では第1世代比で数倍に、第3世代では同10倍の性能向上を目指しているという。
ちなみに、STM32にはプロセッサとしてSTM32MPシリーズがあり、第2世代となるSTM32MP2の上位製品にはNPUを搭載し、1.3TOPSの処理性能を提供するが(第1世代のSTM32MP1シリーズはNPUを搭載していないが、デュアルコアCortex-A7を搭載。こちらと比較した場合でも25倍の処理性能を発揮できるという)、Neural-ARTではなく、また第3世代となるであろうSTM32MP3に関しては、まだ仕様が固まっていないため、NPUの扱いがどうなるかについても見通せていないという。Neural-ARTに関しては、低消費電力で高い性能を発揮することを目的に、搭載世代は不明だが、将来的にはイン・メモリ・コンピューティング(IMC。プロセッシング・イン・メモリ(PIM)とも呼ばれる)の方向性を指向しているという。
また、単なるNPUをマイコンに搭載したというわけではなく、TSMCの16nm FinFETプロセスを採用する形でSTM32H7とならぶハイエンドマイコンという位置づけで、STM32H7シリーズのCortex-M4/M7より上位のArm Cortex-M55(動作周波数は最大800MHz)を搭載。これにより、STM32H7を上回るベンチマーク性能3360CoreMark(STM32H7は32243CoreMark)を提供するとのことで、製品ラインナップとしても、NPUを搭載するSTM32N6x7シリーズと、NPU非搭載のSTM32N6x5シリーズの2種類に分けて提供されることとなっている。第1弾としては、「STM32N645/STM32N655」、「STM32N647/STM32N657」の4製品が用意され、6x5/6x7のx部の違いは暗号エンジンの有無だという(ダイそのものはマイコンということもありモノリシックで、全製品同じものを利用するが、それぞれの製品型番に併せる形で機能をDisabeleにしている模様である)。ちなみに、これまでSTM32シリーズにはなかった6という頭文字のナンバリングを選んだ理由としては、これまでSTM32としては0~5、7が提供されていたが、6が空いており、その間を埋めるために採用したとのことで、大きな意味はないとのことであった。
プロセス関連で補足しておくと、同社は2024年3月に次世代STM32マイコンシリーズに向けたプロセスとしてSamsung Electronicsと共同開発した18nm FD-SOI+ePCMを発表している。STM32N6は(NPUのNeural-ARTの開発は6年ほど前からスタートしているということもあるが)、その自社開発プロセスではなく、TSMCの16nm FinFETを選択したのは、製造タイミングもそうだが(18nm FD-SOI+ePCMのSTM32マイコンは2025年後半からの量産開始を予定)、内蔵フラッシュメモリが4.2MBと、STM32マイコンとして最大級の容量を搭載する必要があったためと思われる。18nm FD-SOI+ePCMの製品が実際に出てこないことには何とも言えない部分はあるが、そちらはどちらかというと低消費電力で高性能だが、搭載メモリ容量は一般的なマイコンレベルまでの製品群、16nm FinFETの製品は大容量メモリを内蔵した製品群と方向性が異なっていくのではないかと思われる。
さらに、16nm FinFETという微細化が進んだ恩恵として、MIPI-CSIカメラインタフェース、コンピュータビジョン用イメージ・シグナル・プロセッサ(ISP)、H.264ビデオエンコーダ、TSN(Time-Sensitive Networking)エンドポイントをサポートしたギガビット・イーサネット・コントローラなども内蔵しており、従来のマイコンでは、そうした別のSoCなどを基板上に併せて配置する必要があった手間と部品コストの低減も可能としたともしており、STM32N6シリーズを活用することで、開発者は低消費電力化、低コスト化、起動時間の短縮、省フットプリント、基板の簡素化などのメリットを受けることができるようになるという。
すでに2023年よりサンプル提供を開始し、クローズドで進められたαプログラムには、最終的にはアーリーカスタマと開発パートナー併せて50社以上が参加して、ツール開発などと並行して最終製品の開発も先行する形で進められてきたという。その適用分野も後付けの車載機器であったり、医療、農業など、多岐にわたり、例えば後付けの車載機器としては、自動車の車体に搭載された加速度センサなど、さまざまなセンサのデータから、ドライバーの疲労度を推定することを可能とする車体に後から取り付けられるシステムが開発されているという。
なお、日本でもAI機能を活用したユースケースがある模様で、通常であればさまざまなセンサから得られたデータから判別していたものを、センサ以外で得られるデータからAIで推定する手法に変えて、センサから得られるデータと同程度の精度を発揮できることを確認したことで、センサを減らすことに成功したという。
同社ではエッジAIの市場拡大は今後も高い伸びで続いていくとみており、将来的にはエッジの機器における生成AIの活用など、単なる機械学習のみならず、さまざまなAIの活用を見越した性能を有する製品開発を進めていくことを指向している模様である。