東京大学(東大) 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は11月29日、素粒子理論や物性理論において一般にどのような記述が存在するのかが不明だった「非可逆的対称性」の操作について、量子コンピュータの基本的な枠組みを支えている「量子情報理論」における量子操作として表せることを、物理で広く扱われている定式化を用いて簡潔に説明できることを示したと発表した。

  • 今回の研究成果の概要図

    非可逆対称性の操作は、量子操作として表せるという今回の研究成果の概要図。(c)Kavli IPMU(出所:Kavli IPMU Webサイト)

同成果は、Kavli IPMUの立川裕二教授と東大大学院 理学系研究科の岡田昌樹大学院生によるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

物理学において、対称性は理論の性質を調べる上で重要な手がかりとなる概念だ。たとえば磁場を記述する方程式においては、N極とS極を一斉に入れ替えると、磁場の向きが一斉に逆になることを除けば、物体に及ぼす力や磁場に蓄えられたエネルギーなどが変化することはない。これは、磁場を記述する方程式がN極とS極の入れ替え操作に対して対称性を持つからだ。このような、何らかの操作を行った際に理論が不変である時、理論は“対称性を持つ”という。

近年、素粒子理論や物性理論では、こうした対称性を一般化した概念の研究が活発化しており、その1つが非可逆的対称性だ。この概念は、従来の対称性には操作を元に戻す逆操作が必ず存在するという条件があったのに対して、それを緩和し、完全な逆操作が存在しない場合に一般化したものである。

非可逆的対称性の代表例として、空間一次元・時間一次元のイジング模型における「双対性変換」がある。イジング模型は、磁石のふるまいを説明するための理論で、スピンが多数並んでいる状況を考える。同理論において、たとえばスピンの向きを一斉に反転させても、N極とS極が入れ替わるだけでエネルギーなどの物理的な性質は変わらないので、イジング模型はこの操作の元では不変だ。そして、この反転操作をもう一度行えば、スピンの向きが元に戻ることから、従来の意味での対称性になっている。

それに対して双対性変換とは、適切な温度のもとでは、今考えているスピンの配置に対し、その中間点だけにスピンがあるような新しいスピンの配置を考えて、適切にスピンの向きを設定すると、元の状態と物理的な性質が変わらない新たなスピンの並びを作ることが可能で、この操作のことをいう。しかし、できあがった新たなスピンの並びは、元々並んでいたスピンの向きを混ぜて雑然とさせて作られたものであるため、この双対性変換を必ず元に戻せるような都合の良い操作は存在しないことになる。その結果、双対性変換は非可逆的対称性になっているのである。

量子情報理論は、現在世界中で開発が行われている量子コンピュータの基本的な枠組みを支えている理論であり、量子ビットというメモリにさまざまな操作を施すことで計算を定式化している。量子力学では一般的に、元に戻せるような可逆な操作は「ユニタリ変換」という数学的な概念で記述される。しかし量子コンピュータの回路では、可逆なユニタリ変換だけでなく、量子ビットの測定などの非可逆的な操作も考える必要がある。そこで量子情報理論では、ユニタリ変換を一般化した量子操作という概念を用いて、非可逆的な操作が定式化されている。従来の意味での対称性は操作が可逆だったので、ユニタリ変換で記述することが可能だ。その結果、操作が非可逆な非可逆的対称性は、量子情報理論の量子操作で記述することができる可能性が出てくることから、立川教授と岡田大学院生は、今回それを示すことを目指したという。

非可逆的対称性の操作は量子操作であるというアイデアは、数学者のマルセル・ビショッフ氏とその共同研究者たちによってすでに提唱されていたが、それは限られた物理系にのみ適用でき、理論物理においては広く使われていない定式化の中でのものだったとする。それに対して今回の研究では、ビショッフ氏らのアイデアが物理でより広く扱われている定式化を用いて簡潔に説明できることが示された。これにより、実際に理論物理における勝手な非可逆的対称性の操作は、量子操作であることが理解できるようになったという。具体例としては、イジング模型における双対性変換について、その量子操作としての具体的な表式を書き下すことができるとした。

現在活発に研究されている非可逆的対称性だが、これまで、それらについて一般的に成り立つ性質はあまり知られていなかったとのこと。今回の研究では、その1つが解明されただけでなく、量子情報理論との関連が提示されたことから、研究チームは今回の成果が両分野のさらなる交流の一助となり、今後の発展に繋がることが期待されるとしている。