金沢大学は10月18日、鳥のさえずりに似た周波数変化を伴う電磁波で、宇宙の電子を放射線になるまで加速させるプラズマ中で発生する波動である「コーラス放射」の発生を、人工的に抑圧する解析に成功したと発表した。
同成果は、金沢大 理工研究域 電子情報通信学系の尾崎光紀 准教授、同・八木谷聡 教授、京都大学 生存圏研究所の大村善治 特任教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国地球物理学連合が刊行する地球科学全般を扱う学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載された。
宇宙は放射線の行き交う場であり、太陽起源のものもあれば、天の川銀河内のいずこから(まだ発生場所は完全に絞り込めていない)、さらには天の川銀河外からもやって来る。それに加え、地球近傍の宇宙でも電子を放射線のレベルにまで加速させるメカニズムが存在することも近年、明らかになりつつある。
こうした宇宙放射線が問題なのは、人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)などに搭載されたコンピュータのメモリに衝突した場合、内容が書き換えられてしまい、エラーが生じる可能性がある点。そのため、電子回路を守るための対策は必須であり、エラーに備えて同じ内容を複数記憶するシステムを搭載して冗長性を持たせたり、放射線から守るための数mmの金属筐体でシールドしたりすることなどが行われている。しかしこれらは、1gでも軽くすることが求められる宇宙機の重量を増やしてしまったり、積載量を圧迫してしまったりするため、新たな放射線対策が求められていた。
近年になって、地球周辺の宇宙空間において、自然電磁波の一種であるコーラス放射による電子加速が、静止軌道程度までの地球周辺の宇宙空間を飛び交う、数百keVから数MeVまでの高エネルギーを有する放射線レベルの電子である「放射線帯電子」を生み出す要因になっているということが解明されつつある。また、併せて電子との相互作用により発生する大振幅であるコーラス放射の発生メカニズムも解明されつつある。コーラス放射の発生メカニズムの研究推進は、宇宙開発において厄介な放射線を生み出す同放射の発生を阻害する物理メカニズムの確立にも重要だという。
電子の運動は電流となるため、コーラス放射は電子の運動によって生じる自然アンテナから放射される電磁波と考えることができるという。コーラス放射は、大きな振幅に成長する前の弱い振幅の電磁波と電子の非線形な共鳴により発生することが、京大の大村特任教授らによって解明されてきており、発生の際、電磁波の周波数を変化させる電流を生み出す非線形な電子の運動によって、大きな振幅を持つ電磁波へ成長することが解き明かされつつある。そこで研究チームは今回、この発生メカニズムを巧みに扱い、人工電波を使うことで、電磁波の周波数を変化させる電流を生み出す非線形な電子の運動を阻害し、コーラス放射の発生を抑圧する人工制御を考案することにしたとする。
今回の研究では、人工制御の条件として、周波数を変化させない一定の周波数で、かつコーラス放射の基となる電磁波よりも少しだけ周波数と振幅の大きい電磁波を外部から人工的に印加し、電子の運動を人工電波で乱し、自発的なコーラス放射の成長を抑圧する条件を考えることにしたという。この「少しだけ周波数が違う」という点が重要とし、共鳴しようとする電子から見ると、基本の電磁波と人工電波がそれぞれ異なる周波数を有して存在するため、電子が効率よく電磁波と共鳴することができなくなるとした。
人工電波の有無によるコーラス放射の成長の影響を厳密に調べるため、コンピュータシミュレーションを用いて、コーラス放射の成長過程が詳細に調べられたところ、適切な周波数と振幅を有した人工電波を印加することで、コーラス放射の発生抑圧に成功し、コーラス放射を発生させる非線形な電子の運動は、印加された人工電波の影響により運動が変化することが確認されたという。さらに、人工電波の印加によりコーラス放射が発生できないため、放射線帯電子の生成率も低減できる可能性があることも判明。これは人工電波の周波数と振幅を調整することで、人類が放射線帯で発生しうるコーラス放射やそれによって加速される放射線帯電子を人工制御できる可能性が示されたということであると研究チームでは説明している。
なお、今後については、今回の研究成果を踏まえ、さらに効率よくコーラス放射を抑圧することを目指して、人工電波を印加する位置や印加する時間などの評価と理論的な枠組みの開発に関する研究を推進していくという。また、今回の研究成果について研究チームでは、地上や宇宙からの電磁波を用いた、プラズマ環境の人工制御という新しい技術を通じて、宇宙利用インフラの放射線による電子回路の劣化や故障低減へ貢献することが期待されるとしている。