国立研究開発法人である医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)と地方独立行政法人の大阪府立病院機構大阪国際がんセンター、日本IBMの3者は8月26日、今年3月から共同研究を進めている「生成AIを活用した患者還元型・臨床指向型の循環システム(AI創薬プラットフォーム事業)」において、8月から乳がんの患者に対する「対話型疾患説明生成AI」の運用を開始したことを発表した。

「AI創薬プラットフォーム事業」の一環として生成AIを開発

はじめに、医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長の中村祐輔氏は「創薬の遅れを取り戻すために継続的に臨床情報を集めていくことが極めて重要であり、クラウドを活用してデータベースを整備することに取り組んでいる。これを行うためには医療現場に負担がかかることから、負担を軽減しつつ大きな仕組みを作り上げていくことが重要だ。今回、患者さんへの説明や同意を得るためのプロセスにおける課題を解決するために、生成AIを活用して患者さんが気兼ねなく質問できるとともに、繰り返し説明を聞くことができることを目指し、対話型の説明システム開発に取り組み、乳がんに関して一定の成果が得られた」と述べた。

  • 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長の中村祐輔氏

    医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長の中村祐輔氏

また、大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏は「医療現場における課題の1つとして、患者さんとのコミュニケーションであり、複雑化する医療を的確に説明し、いかに理解してもらうかだ。治療の方針を決定するのは患者さん自身であるため、時間をかけて説明するが神経を使う大変な作業になる一方で、患者さんも何度も聞くのは憚られるため、こうした状況を打破する生成AIの活用は優れている。コミュニケーションを補強するために役立つものとなる」と話す。

  • 大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏

    大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏

現在、医薬品開発は試行錯誤の創薬研究や臨床試験に依存し、膨大な時間とコストがかかっており、創薬の成功率を高めていくためには、経時的な臨床情報をリアルタイムで収集しつつ、大量の質の高いデータを解析していくことが不可欠とのこと。

こうした医療データベース構築のために、NIBIOHNは大阪国際がんセンターと連携し、医療機関に存在する電子カルテのデータをクラウド上へバックアップ・構造化し、1つにまとめることで、リアルタイムの医療ビッグデータとして医学の発展に寄与する基盤構築を目指している。加えて、データは災害対策などに備えたバックアップとしても期待されているという。

一方で、基盤構築作業における医療機関での臨床情報の収集システムは、医療現場における作業負担を軽減するとともに、収集したデータを大学や研究機関が適切に活用できるように、インフォームド・コンセントによる患者同意が必要になる。そのためには、患者への説明や同意の取得、問診による臨床データの収集など、適切・最適な内容で情報を収集するシステムを構築することが重要となっている。

日本IBMは同事業における役割として、医師や看護師が必要なデータを適切かつ手間をかけずに入手できるよう、生成AIを活用したソリューションの開発と動作検証を進めている。

4カ月で開発した「対話型疾患説明生成AI」

今回、同事業における進捗として、今年8月から乳がんの患者に対する対話型疾患説明生成AIを4カ月で開発し、運用を開始した。

  • 「対話型疾患説明生成AI」の概要

    「対話型疾患説明生成AI」の概要

大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 乳腺・内分泌外科 主任部長の中山貴寛氏は「女性の乳がん罹患率は年々上昇しており、診療の複雑に伴う初診患者診療に説明を含めた多くの時間を費やす必要がある。また、乳腺専門医は減少しつつあり、十分な診療が行えない地域も多く存在し、将来的には開発したソリューションを各地域に展開して乳がん診療の均てん化を実現したいと考えた」と、開発に至った背景を説明した。

  • 大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 乳腺・内分泌外科 主任部長の中山貴寛氏

    大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 乳腺・内分泌外科 主任部長の中山貴寛氏

乳がんは、日本人女性のがん罹患数の中で最も多く、同センターにおける乳腺・内分泌外科の乳がん手術件数は2022年に600件を超え、根治性に加えて整容性にも配慮し、患者のライフスタイルや希望に合わせた治療法を選択するなど診療内容が複雑なため、疾患説明と同意取得におおよそ1時間を要していたという。

  • 年々、乳がんの罹患率は上場し、治療法も多岐にわたる

    年々、乳がんの罹患率は上場し、治療法も多岐にわたる

そのため、対話型乳がん疾患説明生成AIの導入により、説明と同意取得に要する時間の30%軽減を目指す。中山氏が指摘するように、全国では乳腺専門医は減少傾向であり、十分な診療が行えない地域が多く存在していることから、オンラインで同AIを活用することで、乳がん診療の均てん化により、医療の地域格差の是正を図ることが期待できるとのことだ。

また、医療の進化に伴い診察の複雑化が進む中で双方向のコミュニケーションが可能なシステムを、いつでもどこでも閲覧できる仕組みを提供し、患者や家族の疾患に対する理解が向上して不安を和らげるようにコンテンツのブラッシュアップを継続していく。

  • 対話型疾患説明生成AIで目指す効果

    対話型疾患説明生成AIで目指す効果

AIシステムの概要

AIシステムは、IBMのAI・データのプラットフォーム「IBM watsonx」でAI基盤を構築し、IBM watsonx.aiでサポートされている最新のLLM(大規模言語モデル)を活用。RAG(Retrieval Augmented Generatio:検索拡張生成)形式で開発した、AIアバターと生成AIチャットボットを組み合わせた双方向型の会話システムとなる。

日本IBM 執行役員の金子達哉氏はAIシステムについて「信頼性、網羅性に加え、乳腺・内分泌外科、主任教授をはじめ生成AIが導き出す回答などをすべてレビューしてもらい、領域のエキスパート監修の生成AIを実装している」と正確性も担保している点を強調した。

  • 日本IBM 執行役員の金子達哉氏

    日本IBM 執行役員の金子達哉氏

患者は受診前にQRコードからWebブラウザにアクセスし、診療前の自由なタイミングで疾患の説明動画の視聴や、疑問点をチャットボットにキーボードや音声で入力して生成AIと対話形式で質問することで、疾患と治療に対する理解を深めることができるという。

同AIを利用した患者からは「インターネットに不確実な医療情報が溢れている中で確かな情報が得られることが有益である」「生成AIが、分からないことに『分からない』と回答することに信頼感を持つことができる」などの感想があり、医療従事者側からも「問い合わせ番号との紐付けにより、質問内容を事前に医師が把握できていることが有益である」とのコメントもあったとのこと。

今後の展開

今後、同AIにおいて患者からの質問内容を詳細に分析し、さらなる精度向上を図るほか、同AIと10月に初版のリリースを予定している患者説明・同意取得支援AIを、大阪国際がんセンターを受診する患者の医療情報の網羅的な解析や、特定のがん種においてNIBIOHNの最新技術で解析する「前向き研究」の説明と同意取得を、患者に向けて提供すするため準備を進めている。

また、食道、胃、大腸などを取り扱う「消化管内科」でも、対話型疾患説明生成AIの運用を2025年1月から開始を予定している。

そして、2025年2月には3つの生成AIシステムの展開を予定。1つ目は来院前に入力したWeb問診結果を生成AIが解析し、医師が診察前に患者の状態を把握することで、患者に寄り添った診察を支援する「問診生成AI」、2つ目は看護カンファレンス内容の自動音声入力し看護記録作成を支援し、看護師と患者との電話応対記録を自動作成して電話記録業務を効率化する「看護音声入力生成AI」、3つ目は電子カルテの情報からさまざまな医療文書に必要な項目を選んで、文書の作成を支援する「書類作成・サマリー作成」となる。

  • 今後のロードマップ

    今後のロードマップ

今後、三者は生成AIを医療現場に導入し、患者や医療従事者にとって役立つAIサービスを安全に利用できる仕組みを目指す考えだ。