京都大学大学院医学研究科、RADDAR-J for Society(RJ4S)と日本IBMは2月20日、AIを活用した難病情報照会アプリケーションとして、患者および家族をはじめ一般市民向けの「Rare Disease-Finder(RD-Finder)」と、医師や研究者向けの「Rare Disease-Finder Pro(RD-Finder Pro)」を共同で開発し、同日インターネット上に公開したと明らかにした。

正確に診断された生体試料と臨床情報があると研究は進む

同日には、オフラインとオンラインによるハイブリッドで記者説明会が開催された。一般市民向けのRD-Finderは、患者や家族が簡便に正確な難病情報を無料で照会することができるほか、RD-Finder Proは製薬やライフサイエンス企業、医療機関などと個別に契約し、特定の難病の罹患者の早期発見を支援していく。

最初に、登壇した日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏は「2017年から京都大学とは、難病疾患の原因遺伝子、疾患メカニズムの探索などに取り組んできた。今回、症状疾患検索AIということで京大、琉球大学とともに難病の症例を生成AIを活用して検索できるアプリケーションを構築した」と述べた。

  • 日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

    日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

難病と呼ばれる希少・難治性疾患は、疾患ごとの患者数は少ない一方で疾患数は1万以上と多く、患者数は世界のどの地域や集団でも人口の6~8%にのぼるといわれている。しかし専門医も少なく、多くの患者は長期間において自身の病名も分からないまま苦しんでおり、早期に専門医の診察を受けられないことが大きな課題になっているという。

また、診断がついても治療法が確立していない疾患が大多数で、詳細な疾患関連情報を収集することも困難で、治療法の開発や創薬を通じた患者の救済も進んでいないのが実情とのことだ。

京都大学大学院医学研究科教授 ゲノム医学センター長の松田文彦氏は「患者数が少ないということは、例えば専門医でも一生の間に見るかどうかも分からない病気が多くある。そのような病気に罹患した患者が受診したとしても、医師側で病気を正確に診断することができないため問題となる。また、治療法や薬の有無についても他の病気と比べると進展が遅い」と指摘する。

  • 京都大学大学院医学研究科教授 ゲノム医学センター長の松田文彦氏

    京都大学大学院医学研究科教授 ゲノム医学センター長の松田文彦氏

創薬の際には、まずは基礎研究で薬やバイオマーカーの候補を探し出して、製薬会社などと産学連携で共同研究を行い、効果が期待できそうであれば治験を実施。治験の結果、エビデンスが創出されればガイドラインを整備し、臨床現場に還元する。

こうしたサイクルについて、松田氏は「研究のためには患者の生体試料が必要なため、臨床現場からの情報が創薬、治療法の開発には極めて重要になる。しかし、これらのサイクルには問題がある。新薬のシーズがない、有効性評価指標が未確立、診療のガイドラインが未整備といったことがある。そのため、正確に診断された生体試料と臨床情報があると研究が進む」と強調した。

難病情報紹介AIアプリケーションの概要

そのため、京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センターでは、日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業に加え、厚生労働省難治性疾患政策研究事業おいて、臨床情報や生体試料情報、ゲノム・オミックス情報など公的難病データベースとなる「難病プラットフォーム」の構築を2016年から開始。難病研究班と連携して、統一規格で品質と信頼性の高い、難病関連情報の継続的な収集を推進してきた。

  • 「難病プラットフォーム」の概要

    「難病プラットフォーム」の概要

松田氏は「厚生労働省とAMEDにおける難病研究データを集約して二次利用したいと考えた。これは研究者に対して情報を提供するだけでなく、企業にも提供できるような情報基盤として難病プラットフォームを整備している」と話す。

こうした背景もあり、同センターでは日本IBMと共同でAI技術を用いた症状入力による疾患情報照会システムを開発してきた。今回、患者とその家族を含む一般市民と、医師や研究者へ向けた難病情報照会AIアプリケーションをそれぞれ構築し、京都大学発ベンチャーであるRJ4Sがインターネット上に公開を開始したというわけだ。

同アプリケーションにおけるAI技術の適用について、日本IBM パートナー・理事の先崎心智氏は「大きく4つある。1つ目はLLMを用いて入力される症状を専門医が作成した症状名に変換すること、2つ目はLLMを用いて一部の疾患に対して公開されている疾患関連情報に基づく要約文を作成すること、3つ目はLLMを用いて疾患情報を提供する画面に表示される症状名を平易な文言に変換すること、そして最後は自然言語処理で使用される単語の頻度から単語の重要度を導出するアルゴリズムを用いて、希少疾患の症例情報との合致度を算出することだ」と説明した。

  • 日本IBM パートナー・理事の先崎心智氏

    日本IBM パートナー・理事の先崎心智氏

RD-Finderは患者や家族が症状を平易な日本語で入力することで、罹患している可能性のある難病の候補を抽出し、その疾患に関わる情報を閲覧することが可能。これらの情報をもとに、当該疾患を専門とする医師を見つけてコンタクトでき、早期の診断や治療開始につながることが期待されている。

  • RD-Finderの概要

    RD-Finderの概要

  • RD-Finderの利用イメージ

    RD-Finderの利用イメージ

一方、RD-Finder Proは個別の難病研究班や医療機関が持つ情報、ノウハウを付加し、特定の疾患に関して検索条件や精度、入力情報などの機能を拡張させることが可能。特定の疾患に対するチューニングを行い、医療機関に蓄積された診療情報などから患者候補を抽出することで、患者の早期発見を支援する。

  • RD-Finder Proの概要

    RD-Finder Proの概要

  • RD-Finder Proの利用イメージ

    RD-Finder Proの利用イメージ

RD-Finder/RD-Finder Proでは、公開されている国内外の査読済み医学論文を、臨床遺伝学を専門とする研究者が検証した内容にもとづいており、信頼できる情報を患者や家族に提供する。

同アプリケーションはAmazon Web Service上にデータベースを置き、LLMはGPTをベースにしている。データベース自体は、奇形症候群や染色体異常を中心に臨床遺伝学を専門とする研究者が検証した情報で構築されたUR-DBMS(遺伝性疾患総合データベース)やHPO(Human Phenotype Ontology)といった疾患関連の体系的データベースの症状や疾患情報が登録されている。

  • UR-DBMSの概要

    UR-DBMSの概要

UR-DBMSの開発に貢献した琉球大学 名誉教授 沖縄南部療育医療センター 医師(遺伝医学)の成富研二氏は、同データベースについて「1986年に『IBM-5600』で遺伝性疾患の書籍から1800疾患を抜き出して作成を開始した。その後1992年に3800疾患を収録したUR-DBMSの初版を公開、2010年に琉球大学の図書館にサーバを設置してWeb公開を開始し、無料で公開した。現在の疾患データとしては1万件を超えている」と力を込めた。

  • 琉球大学 名誉教授 沖縄南部療育医療センター 医師(遺伝医学)の成富研二氏

    琉球大学 名誉教授 沖縄南部療育医療センター 医師(遺伝医学)の成富研二氏

今後は難病に特化した生成AIモデルを計画

今後、三者はRD-Finderの患者および家族への利用促進とともに、RD-Finder Proを利用した臨床医や病院での難病患者の早期発見を支援していくことを通じ、特定の疾患を対象とした疾患情報の蓄積強化による診断・治療法開発などの難病研究促進と、新規の医薬品開発に貢献していくことを目指す。

さらに将来的には、開発基盤にIBM watsonx、基盤モデルにデコーダーアーキテクチャ採用のIBM独自LLM「Granite」を採用し、UR-DBMSを正解値として大量の論文を学んだ生成AIモデルの開発を計画。論文から最新の難病情報を、継続的に抽出を可能とするシステム構築の研究を予定している。

  • 将来的には難病に特化した生成AIモデルの研究開発を計画している

    将来的には難病に特化した生成AIモデルの研究開発を計画している

これにより、論文に記載の疾患や症状の関係を自動的に抽出し、構造化したうえで臨床遺伝学研究者のレビューをうけることで、将来にわたるUR-DBMSの更新作業を効率化できるとのことだ。