理化学研究所(理研)と京都大学(京大)は8月15日、ハムスターの遺伝子を改変した、日本など東アジアに多いやせ型糖尿病モデル動物の開発に成功したことを共同で発表した。
同成果は、理研 バイオリソース研究センター(BRC) 遺伝工学基盤技術室の廣瀬美智子テクニカルスタッフII、同・小倉淳郎室長、BRC マウス表現型解析技術室の田村勝室長、京大大学院 医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学の村上隆亮助教、同・稲垣暢也名誉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
糖尿病は世界的な問題となっており、日本国内においては、予備軍も含めると推計で2000万人以上が罹患しているとされる。2種類ある糖尿病のうち、食生活などの環境因子と体質(遺伝)の組み合わせで起きるのが「2型」。ところが同じ2型糖尿病でも、西欧では肥満型が多いのに対し、日本を含む東アジアではやせ型が多いことがわかっていた。日本人などの東アジア向けに2型糖尿病の研究を進展させるためには、糖尿病モデル動物が欠かせない。しかし、従来の糖尿病モデル動物の多くは、肥満型だったため、やせ型糖尿病の研究に適していなかったという。
グルコース(ブドウ糖)の代謝を調節し、血糖値を一定に保つ働きを持つホルモンの一種「インスリン」の、細胞内伝達調節因子である「インスリン受容体基質タンパク質2」(IRS2)は、糖尿病の関連因子の1つとして知られている。そこで研究チームは今回、糖尿病モデル動物を開発するため、糖代謝がヒトに類似しているといわれているゴールデンハムスターを用いた「IRS2ノックアウト(KO)ハムスター」の開発を試みることにしたという。
今回の研究では、卵管内ゲノム編集法「i-GONAD法」を用いて、IRS2KOハムスターの作出が試みられた。1匹の作出に成功し、その個体を用いた交配により、「IRS2 KO系統」が樹立された。ヒトなどのほ乳類の場合、性染色体を除いた常染色体上の遺伝子は、2つの相同染色体上にそれぞれ1つずつの遺伝子座があるため、遺伝子の機能を完全に消失させるためには、両遺伝子座を欠失させる必要がある(それをホモ型KOといい、片方のみはヘテロ型KOという)。今回作出されたホモ型KOハムスターは、ヘテロ型KOおよび野生型ハムスターと比べ、生後から継続的に低体重を示すことが確認された。またホモ型KOハムスターは、血糖値および過去1~2か月の血糖値を反映するとして、検査でも重要視される「HbA1c」(ヘモグロビン・エーワンシー)が野生型に比べて有意に高くなっていることも明らかにされた。
さらに、体内のグルコース代謝を見るため、3種類の試験が行われた。まず「グルコース負荷試験」では、ホモ型KOハムスターはヘテロ型KOや野生型ハムスターと比べ、血中グルコース値の上昇が有意に高くなり、グルコースを投与してから120分後まで高値で推移したという。その一方で、インスリン投与に対する「インスリン耐性試験」では、ホモ型KOハムスターは正常に反応したとする。またグルコース投与による「インスリン分泌試験」では、ホモ型KOハムスターはインスリンレベルが上昇しないことがわかった。これらの結果から、ホモ型KOハムスターでは、インスリンを分泌するすい臓のβ細胞の機能が不十分であることが示唆されたとした。
そこで次に、組織免疫染色を用いてβ細胞が調べられると、ホモ型KOハムスターでは、インスリン陽性細胞の相対的面積が有意に減少しており、β細胞を含むすい島もヘテロ型KOハムスターに比べて小さくなっていることが突き止められたという。
最後にすい臓からすい島が分離され、インスリン分泌試験が行われた。ホモ型KOハムスターのすい島当たりのインスリン分泌量は有意に低く、インスリン含有量も低いことが判明。すい島細胞当たりのインスリンの分泌量と含有量が低下していることが突き止められたのである。これらの結果は、ホモ型KOハムスターのβ細胞の機能不全を示すものであり、体内グルコース代謝試験の結果を裏付けているとした。
今回作出されたやせ型糖尿病モデルハムスターは、1つの遺伝子機能が失われているだけのため、野生型ハムスターを実験対照(コントロール)として用いることで、信頼性の高い実験が実施可能とする。同モデルの欠点は、胎児時から全身で遺伝子機能が欠損しているため、出生前後に死んでしまう個体が多いことだという。今後、遺伝子改変の工夫により発症を遅らせたり、遺伝子機能の欠損を特定の臓器に限定したりすることで、さらに研究開発に適した糖尿病モデルに改良されることが期待されるとしている。