国立天文台(NAOJ)と東北大学の両者は6月28日、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(HSC)が撮像した最新データの中から、天の川銀河に付随する矮小(衛星)銀河を新たに2個発見し、研究チームが以前に発見した衛星銀河なども合わせると、理論予測の倍以上もの衛星銀河が存在することが明らかになったと共同で発表した。

  • おとめ座の方向で見つかった矮小銀河「Virgo III」の位置とその星々

    おとめ座の方向で見つかった矮小銀河「Virgo III」の位置(左)と、その星々。矮小銀河には暗い星しかないため、星がまとまって存在している部分を探し出して、同定する。右の破線の内側にメンバー星が集中している。(c)NAOJ/東北大(出所:NAOJ Webサイト)

同成果は、NAOJの本間大輔特別客員研究員、東北大大学院 理学研究科 天文学専攻の千葉柾司教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する欧文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。

大型銀河である天の川銀河は、いくつもの衛星銀河を従えているが、実際にいくつ従えているのか、正確にはわかっていない。なお矮小銀河は、ダークマターの小さな塊が持つ重力に引かれてガスが集まり、そこから星々が生まれることで形成されたと考えられている。つまり衛星銀河の数の問題は、ダークマターの性質やその正体に関わっているのである。

標準理論におけるダークマターは、「冷たいダークマター」と呼ばれる素粒子群だと考えられている。それに基づき、天の川銀河の周りには1000を超えるダークマターの塊と、それに対応する衛星銀河が存在すると予想されていた。しかし、これまでの観測では数十個の衛星銀河しか観測されておらず、この数の食い違いは「ミッシングサテライト問題」とされている。この問題を解決するには、標準理論が予測するダークマターの正体とは異なるもののために塊の数がもっと少ないのか、あるいはダークマター塊の中でガスから星が生まれる過程に問題があるのかを解明する必要があるという。

  • 天の川銀河の衛星銀河の3次元地図

    天の川銀河の衛星銀河の3次元地図。天の川銀河円盤の面が水平面に取られている。青四角は大・小マゼラン雲、赤円はその他の衛星銀河で、可視の絶対等級が暗いほど小さなサイズで描画されている。今回の研究で新たに発見された2つの銀河(Virgo IIIとSextans II)の位置は矢印で示されている。(c) NAOJ/東北大(出所:NAOJ Webサイト)

またミッシングサテライトの問題へのもう1つの糸口として、未発見の暗い衛星銀河が、天の川銀河の遠方に多く存在しているという可能性も考察されている。そのような暗い衛星銀河の探査で最も威力を発揮するのが、すばる望遠鏡の直径8.2mの主鏡とHSCの組み合わせだ。

HSCを用いて広い天域を観測する「戦略枠プログラム」(HSC-SSP)で得られたビッグデータから矮小銀河の探査を進めてきた研究チームは、これまでにおとめ座「Virgo I」、くじら座「Cetus III」、うしかい座「Bootes IV」と新しい矮小銀河を見つけていた。そして今回、HSC-SSPの最新の公開データから新たに2個の矮小銀河「Virgo III」と、ろくぶんぎ座「Sextans II」を発見。これらはすべて、太陽系から30万光年以上離れた距離にあることも明らかにされた。

HSC-SSPの天域(約1140平方度)には、以前から4個の矮小銀河が知られており、そこに研究チームの発見した分を加えると、合計9個の矮小銀河があることになる。実はこの数は、最新の理論で予想される衛星銀河の個数をかなり上回るとのこと。というのも、ミッシングサテライト問題を発端にして、矮小銀河の形成を抑える過程の理論研究もこれまで展開されてきたからだ。そして最新の最も確からしい分析では、天の川銀河に全部で220個程度の衛星銀河があると予測されていた。これをHSC-SSPの観測天域と観測可能な明るさの限界に適用すると、3個から5個の衛星銀河が見つかることになる。しかし実際には9個の衛星銀河が確認されたため、天の川銀河全体に換算すると、少なくとも500個の衛星銀河が存在することになる。よって今度は、“衛星銀河が多すぎる問題”とが生じるのである。

  • HSC-SSPで観測された天域

    HSC-SSPで観測された天域(赤線で囲んだ領域)。これまで知られていた衛星銀河が黒四角、新たに発見されたものが白三角と星印で示されている(出所:NAOJ Webサイト)

研究チームはこれについて、衛星銀河と同程度の大きさのダークマターの塊の中で、一体どのようにして星ができて銀河になるのかという基本的な物理過程の問題と考えられるとする。現状では、星の形成にブレーキをかけ過ぎた結果になっているため、その過程を計算する精度が足りていないのか、あるいは、見落とされている物理過程があるのか、などを再検討する必要があるという。ただ、少なくとも当初のミッシングサテライト問題は解決できそうな状況であり、その結果ダークマターの標準理論(冷たいダークマター)が生き残れる状況になってきたとした。

また今後は、より広い天域でさらに暗い矮小銀河まで探査範囲を広げ、衛星銀河の個数の統計精度を上げていく必要があるとのこと。その1つに、チリのセロ・パチョンに建設中の「ベラ・ルービン天文台」の「大型シノプティック・サーベイ望遠鏡」が行う大規模探査がある。望遠鏡のあるチリから観測可能な天域すべてを探査する観測が2025年からスタートする計画であり、研究チームはその開始により多くの新しい衛星銀河が発見され、ダークマターとその中の矮小銀河の形成過程が抱える問題が、一挙に解決されることが期待されるとしている。