1931年の創業以来、タイヤを進化させ、私たちの活動領域を広げてきたブリヂストンが、ついに地球を飛び出し、月面タイヤに挑戦中だ。5月30日、ブリヂストンは新たに開発した第2世代の月面探査車用タイヤの走行試験を鳥取砂丘「ルナテラス」にて報道陣へ初公開した。

  • ブリヂストンチームと鳥取県産業未来創造課の井田広之氏

    ブリヂストンチームと鳥取県産業未来創造課の井田広之氏(右端)

月面探査車用のタイヤとは?

現在、JAXAやトヨタはオールジャパンで月面を走る有人与圧ローバー(愛称:ルナクルーザー)の研究開発を進めており、ブリヂストンは2019年からタイヤ開発担当として参画、ミッションを足元から支えている。そして今年4月、国際有人月探査計画アルテミスで、日本が有人与圧ローバーを提供することが日米政府間で合意された。

有人月面ローバーと言えばアポロ計画での走行が人類初だった。だが日本が開発する有人与圧ローバーは空気が満たされた巨大な車であったため、けた違いに難易度が高かったという。宇宙飛行士2人が42日間、普段着で暮らせる四畳半ほどの部屋をもった車で過ごし、走行距離は約1万㎞。「走る宇宙ステーションのようなもの」とブリヂストン太田正樹グローバル直需戦略/新モビリティビジネス推進部長は表現する。タイヤに要求される性能はさぞかし高いはずであるがいったいどんなタイヤなのか、その詳細を見ていこう。

  • 1972年12月、アポロ17号で使用された月面車

    1972年12月、アポロ17号で使用された月面車。17号での月面車走行距離は約36km。質量約210kg。スプリング構造のタイヤはグッドイヤーが開発(C)NASA(出典:NASA)

タイヤにとって月面は「極限」

「タイヤにとって月面は本当に極限環境です」とブリヂストンの弓井慶太タイヤ研究第一部長は語る。月面がタイヤにとって過酷である理由は以下の通りだという。

「まず温度環境。(夜間)マイナス170度もの極低温になると、ゴムはガラスのようにカチカチになり、疲労や衝撃で割れてしまう。2つ目が宇宙放射線。地球の約200倍もの高密度の放射線に晒され続けると、ゴムはぼろぼろに劣化し機能を果たせなくなる。3つ目が真空環境。地上のタイヤは空気を充填することで荷重を支えるが、空気供給や故障時の修理・交換ができない。4つ目が月面を覆う細かい砂レゴリス。砂漠を走る際、砂に埋まると抜け出せずスタック状態になる。有人走行の場合、命に係わる問題に発展してしまう」(弓井氏)

  • ブリヂストンの月面タイヤ技術

    ブリヂストンの月面タイヤ技術

つまり、地球上で使われているゴムのタイヤは月面で使えず、空気の充填もできないということ。そこでブリヂストンが目標に掲げたのが「オール金属」で荷重を支えるタイヤであり、砂地での走破性を高めるために摩擦力を発生させる構造を追求したという。

耐久性能・走行性能・質量を高いレベルで実現する「第2世代」タイヤ

走行路面、走行条件など前提条件をアップデートした第2世代タイヤ。砂地でスタックしない「走破性」については、ラクダの足からヒントを得たという。砂漠を難なく歩くラクダの足は細いが、その足裏は地面を踏むと広がって接地面積を増やしている。この足裏のざらざらした表面の摩擦で砂を掴む構造にヒントを得て、タイヤ表面に金属フェルトを採用し摩擦力を向上させたとのこと。

  • 第1世代と第2世代の違い

    第1世代と第2世代の違い

第1世代では基本の骨格にスプリング構造を採用していたが、開発が進み、月面環境や走行条件が明確になるにつれ、タイヤに要求される性能が一段と厳しさを増したという。そこで採用したのが、薄い金属スポーク構造。大きな荷重を支える高い耐久性を持ちながら、より軽量にしたほか、タイヤのトレッド部(月面と接する部分)を分割することで、しなやかに変形し接地面積が大きくなりタイヤが砂に沈みにくく走破性が向上したという。

  • 金属スポーク構造を骨格に採用、表面の金属フェルトで摩擦力を向上

    金属スポーク構造を骨格に採用、表面の金属フェルトで摩擦力を向上。耐久性、走行性能、質量を高いバランスで実現した第2世代の月面タイヤ

第1世代の課題が第2世代でどう解決されたのかについて弓井氏は、「走破性を高めるにはなるべくタイヤを変形させたい。でも変形させると構造体によりストレスがかかる。変形させるところと耐久性をもたせるところを分けて設計することが(第1世代では)難しかった。第2世代では別々に設計できていて、変形させるが局所的なひずみに留め、高い耐久性を実現できた」と説明。しなやかに変形させつつ、耐久性をもつタイヤがこうして生まれたのだ。

果たしてこのタイヤが月面で約1万㎞走行できるのか。重要になるのが、走行実験だ。