分子科学研究所(分子研)と総合研究大学院大学(総研大)の両者は6月5日、キラルな金ナノ微粒子を近赤外域のフェムト秒パルス光で照射した際に可視域に見られる発光が、微粒子のキラリティに依存して、非対称性因子0.7程度という、従来のおよそ70倍もの高い選択性で左回りまたは右回りの円偏光となっていることを見出したと発表した。
同成果は、分子研のAHN Hyo-Yong特任助教、同・LE Khai Quang博士、同・成島哲也博士、同・山西絢介特任助教、同・岡本裕巳教授(総研大兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、光と物質の相互作用に焦点を当てた材料科学に関する学術誌「Advanced Optical Materials」に掲載された。
左手と右手は、親指から小指までの並び順が左右逆であるだけで、構造や形状は同一(同じ指でも左右の手で長さや形状に若干の違いはあるが)だ。機能的にも、利き手の関係で筆記用具や箸などのように、動かす際に器用さの点で大きな差はあるものの、基本的にほぼ変わらない(関節の向きの関係でどちらかの手でしかできないこともある)。しかし掌を同じ方向に向けた場合、左手と右手では親指から小指までの並び方が逆となるため、重ねることができない。このように、基本的には同じ物体や現象などが、その鏡像とは重ね合わすことができない性質を「キラリティ(カイラリティ)」といい、キラリティがあることを「キラル(カイラル)」という。
こうしたキラリティやキラルは化学用語のイメージが強いが、光にも大きく関係しているものがある。回転しながら進む光で、左回りと右回りが存在する円偏光だ。円偏光は、キラル物質の微量分析・偽造防止・量子情報・ディスプレイなどへの応用が期待されている。そのため効率的な発生方法が求められており、その1つが、物質にある波長の光を照射した際に、他の波長の光が発光する現象における円偏光の発生である。この方式で円偏光を発生させる物質の研究も数多く行われているが、多くの場合、左回りと右回りの円偏光が混ざって発生してしまい、左右の円偏光の強度差はごくわずかとなっている。
左右の円偏光の選択性を表す数値として用いられるのが、「非対称性因子」だ。これは、発光の中の左回りと右回りの円偏光の成分の強度差を、それらの平均で割った数値であり、純粋な左右の円偏光では±2、無偏光や直線偏光では0になる。従来の円偏光発光物質の多くは、この非対称性因子が0.01程度かそれ以下であるため発生した円偏光の識別が難しく、実用化が困難だったという。
そこで研究チームは今回、キラルな金ナノ微粒子に近赤外(波長はおよそ0.75~2μm)域のフェムト秒パルス光(10兆分の1秒程度の時間幅の閃光)を照射した際に発生する可視域(波長はおよそ0.4~0.75μm)の発光に注目したとする。
そして実験の結果、今回はキラルではない直線偏光を入射光として用いたものの、発光は高い選択性で左右いずれかの円偏光に偏っていることが確認されたとのこと。その非対称性因子は0.7程度で、上述した従来の多くの円偏光発光物質が0.01程度かそれ以下だったことと比べると、桁違いに円偏光の純度が高くなっていたのである。また理論計算を併用した解析によって、高い選択性が得られる理由も解明されたという。
今回の研究成果で、キラルな構造の金属ナノ微粒子が、左回りまたは右回りに偏った円偏光を発生するのに有用な物質であることが判明した。またその機構が解析されたことで、さらに効率的な円偏光の発生への指針も得られたとする。研究チームは今後、さまざまな波長での効率的な円偏光を発生する物質やデバイスの開発、円偏光を用いた偽造防止や量子情報などへの応用展開が期待されるとしている。