東京大学(東大)は5月30日、初期宇宙の急激な空間的加速膨張現象である「インフレーション」の過程で、揺らぎの量子的なふるまいが我々の宇宙を稀な確率で実現した結果、現在のような単純な姿が観測されるに至った一端を解明したと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の渡慶次孝気大学院生/日本学術振興会特別研究員(現・東大 宇宙線研究所 特任研究員)、パリ高等師範学校 物理学部門のVincent Vennin主任研究員の国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に6月初旬に掲載される予定だという。

我々の宇宙は、局所的に見ると星・銀河・銀河団といった構造がある一方で、大域的に見ると一様かつ等方であることが知られている。現代宇宙論では、現在の宇宙がこのようになっている理由として、宇宙が誕生直後にインフレーションが起こったためと説明している。一般的に宇宙の始まりは「ビッグバン」といったように理解されている向きが多いが、正確には宇宙が誕生し、1/1034秒後にインフレーションが起き、その結果として宇宙が空間的に数十桁も広がり、その後にビッグバンが起きたと考えられている。

極めて初期の宇宙はとてつもなく高いエネルギーに満ちており、それ故、さまざまな素粒子の「場」が存在し、複雑な様相を呈していたものと想定されているものの、インフレーション中に生成された量子揺らぎについては現在、「宇宙マイクロ波背景放射」を観測することでその痕跡が調べられているが、観測結果は極めて単純な物理モデルで説明されることがわかっている。これは、理論的に期待される宇宙の複雑な姿と、観測による実際の宇宙の単純な姿という不整合が生じていることを意味し、これまで自然な理解を得ることができておらず、現代物理学が抱える原理的な困難の1つとされてきたという。

インフレーションが実現される理論モデルを考える上では、たった1つの「場」によってインフレーションが起こる「単一場」モデルに限らず、より一般に多くの「場」が寄与する「複数場」モデルの可能性もあるとされるが、これまでの観測結果からは、複雑な要素を必要としない「単一場」モデルで説明できてしまうことから、我々の宇宙がどのようにして、このような単純な姿をしているのかはよくわかっていない。とはいえ、インフレーションという現象は、宇宙がまだ小さかった頃の現象のため、重力に加えて量子力学も重要な役割を演じると考えられている。

相対性理論では光よりも早く情報が伝わることを禁止し、量子的な揺らぎは宇宙の進化を場所ごとに揺さぶることから、ある点と遠くはなれた別の点では、インフレーションの終わるタイミングが揃わなくなるということが導かれており、例えば日本の国土がインフレーションにさらされた場合を考えた場合、揺らぎの影響で、都道府県ごとに拡大の割合が異なったものになることから、北海道が最も小さくなり、沖縄県が最も広いといったことも起こり得る。この時、面積拡大のために沖縄県の生態密度(面積あたりの生物の個体数)は極めて小さくなり、もともとあった生態系の多様性が失われていることが想像される。これは、土地面積が拡大すればするほど、多様性が失われ、単純になってゆくことを意味し、こうした考えを踏まえ、研究チームは今回、「最も膨張して、宇宙の中で最大の体積を占める領域」における場の振る舞いを、確率的な手法を用いて解析することにしたという。ここでの確率的というのは、インフレーション中の場は揺らぎにさらされており、揺れ動いているためだという。

解析の結果、たとえ宇宙が「複数場」の状態から始まったとしても、長時間のインフレーションの過程でほとんどの場が消失し、我々が観測している局所的な宇宙に至る頃には「単一場」の状態、つまり、極めて単純な姿に行き着くことが示されたという。これは、インフレーションが短時間しか起こらなかった場合に比べ、揺らぎが場を「回り道」をさせて、インフレーションの期間が延長されることによって、時間を稼ぐ上で有利な場だけが生き残るためだという。

  • 「稀で単純」な我々の宇宙

    「稀で単純」な我々の宇宙。真ん中から始まった小さな宇宙は、揺らぎの影響によって赤線に沿って時計回りに進化する。青線に沿って進化するよりも長時間のインフレーション=大きな宇宙を実現し、極めて単純な様相を獲得するという (c) Koki Tokeshi, Vincent Vennin (出所:東大プレスリリースPDF)

  • 我々の宇宙は「単純」に

    揺らぎの影響でインフレーションが長く続けば続くほど、我々の宇宙は「単純」になることが示されたという (c) Koki Tokeshi, Vincent Vennin (出所:東大プレスリリースPDF)

  • 揺らぎによってインフレーションの時間が延長され、場が「回り道」をする

    揺らぎによってインフレーションの時間が延長され、場が「回り道」をする。時間を稼ぐ上で不利な場がすべて消失し、我々が観測する局所的な宇宙は「単純な宇宙」(青い領域)の一部となるという (c) Koki Tokeshi, Vincent Vennin (出所:東大プレスリリースPDF)

今回の研究成果について研究チームでは、理論と観測との隔たりが、揺らぎを鍵として解消されることを意味するものだと説明しているほか、将来的な観測が宇宙の複雑な姿の痕跡、つまり「複数場」の状況に限って現れる揺らぎの特徴を捉えたならば、インフレーションの理論モデルを同定する大きな手掛かりを与えるものでもあるともしており、理由として観測可能な領域においても単一場に向かうことのない例外的な理論モデルが必要とされるためとしている。