京都府立医科大(京府医大)と兵庫県立大学の両者は5月29日、小中高生(成長期)の野球選手に多く見られる疾患で、“野球肘”とも呼ばれる「離断性骨軟骨炎」(OCD)を検出するAIを開発したことを共同で発表した。

同成果は、京府医大大学院 医学研究科 運動器機能再生外科学(整形外科学)の木田圭重助教、同・髙辻謙太大学院生、同・高橋謙治教授、兵庫県立大 先端医療工学研究所の小橋昌司所長らの共同研究チームによるもの。詳細は、整形外科に関する全般を扱う学術誌「Journal of Bone and Joint Surgery」に掲載された。

野球肘は、特に投球動作を繰り返すことによって引き起こされ、選手生命に深刻な影響を及ぼす可能性がある。OCDは、医学的には肘の関節部分の骨や軟骨に障害が生じることを指し、痛みや動きの制限が発生する。

  • 3D-CTによるOCD評価

    3D-CTによるOCD評価。肘関節外側の変形を認める(赤丸)(出所:共同プレスリリースPDF)

同疾患の初期段階であれば、保存療法として投球や打撃の練習を控え安静にしていることで、半年から1年ほどで骨が自然に修復し、9割の患者が完治するという。ただし、初期段階は症状がほとんどないため早期の検出が困難であり、症状が現れた時にはすでに疾患が進行している例がほとんど。そうなると保存療法での完治は不可能で、最終的に手術が必要となるケースが多い。しかも、その場合の治る確率は5割程度しかないという。また、手術となると競技からの長期離脱を余儀なくされ、復帰するのも容易ではない。なお、中高の野球選手のうち、1.6~3.4%が野球肘に悩まされているという。

このように、OCDは初期段階のうちに検出することが重要だ。同疾患の初期段階での検出に適している手法が超音波検査だが、病変の判断には専門的な技術と経験が必要とされる。日本各地で年に1~2回、超音波画像診断装置を用いた「野球肘検診」が行われているが、人的資源と費用の問題から検診頻度は十分とはいえず、専門医も不足しているとのこと。また、痛みを我慢しながら競技を続けている選手も多く、症状が重くなってはじめて受診することが多いとされる。

  • 超音波検査による画像評価

    超音波検査による画像評価。(上)肘関節後方長軸の検査肢位。(左下)正常。(右下)OCD(矢頭)(出所:共同プレスリリースPDF)

初期段階のOCDを発見し、選手生命を守るためには、超音波検査をさらに広く普及させる必要がある。超音波検査は、医師以外の医療職でも資格を有してさえいれば実施することが可能なことから、肘の超音波検査の経験が浅い医療従事者でも簡便に利用でき、専門医と同等の高い診断精度を有するOCDのコンピュータ診断支援システムの開発が望まれていた。そこで研究チームは今回、超音波画像から肘関節の骨表面を自動検出し、その骨表面が健常なのかOCDなのかを識別するAIを用いた画像診断支援アルゴリズムの開発を目指したという。

  • AIによるOCDの判定

    AIによるOCDの判定。AIが着目した部位がヒートマップで可視化されている。ヒトと同様にOCD病変部に着目しているのがわかる。(左)元画像。(右)着目部位が強調され赤く表示されている(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の研究では、画像全体からOCDを識別するのではなく、専門医による診断と同様に、骨表面に限定して病変の有無を検出することで、より高い検出精度を目指したとのこと。骨表面の検出には、車や人物の自動検出にも使用される物体検出アルゴリズム「YOLO」が採用された。そして、検出された骨表面が健常かOCDかの分類には、16層からなる深層学習モデル「VGG16」を用いたといい、また学習データ用として、成長期の野球選手の肘関節後方長軸の超音波画像の収集を行い、それらが用いられた。VGG16の学習データは、京府医大大学院 医学研究科のOCD治療を専門とする運動器機能再生外科学(整形外科医)の合議により正確な学習データを作成し、分類精度を高めたという。

  • 物体検出と画像認識を組み合わせたOCD検出アルゴリズムの概要

    物体検出と画像認識を組み合わせたOCD検出アルゴリズムの概要。YOLOを用いて画像全体から骨表面が検出され、得られた骨表面の限局画像に対し、VGG16を用いて画像分類が実行される(出所:共同プレスリリースPDF)

  • 物体検出アルゴリズムによる骨表面の検出

    物体検出アルゴリズムによる骨表面の検出。画像全体から骨表面を検出。健常(左)、OCD(右)(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームによると、今回開発されたAIを用いた手法により、画像全体からOCDを検出する方法と比較して、骨表面に限定したOCDの識別では、検出の正確度が0.806から0.890に向上。さらに、今回のアルゴリズムを、肘関節の4つの方向(前方長軸、前方短軸、後方長軸、後方短軸)の超音波画像に対し、同様の手法で適用したとする。

また今回のアルゴリズムを野球肘検診参加者20名(正常10名、OCD10名)のデータに適用した結果、OCD検出の精度はROC曲線から求められた「AUC5」(0~1の範囲の値を取り、1に近いほど分類モデルの判別脳が高いことを示す)が、前方長軸で0.969、前方短軸で0.966、後方長軸で0.996、後方短軸で0.993、また正確度は前方長軸で0.915、前方短軸で0.920、後方長軸で0.970、後方短軸0.960と、すべての方向で非常に高い精度が示されたとした。

今回開発されたAIを活用したOCDのリアルタイム自動検出システムを臨床現場に導入できれば、野球肘検診の効率を大幅に向上させられる可能性があるという。研究チームはこれにより、検診に必要な時間を短縮し、人的資源も削減できる可能性があるとする。さらに、野球肘検診だけでなく、クリニックや一般外来診療においても同疾患の検出機会を増やすことができ、結果として早期発見率の向上が期待されるとしている。