宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月24日、NASAが2027年ごろまでの打上げを目指して開発中の超大型次世代宇宙望遠鏡「ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡」(NGRST)に対し、JAXAなどは系外惑星観測を行う上でのキー技術である「コロナグラフ装置」(CGI)への光学素子の提供などを行っており、今回同装置の最終試験において、求められる性能が達成されたことをNASAが確認したと発表した。

同成果は、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) NGRSTプロジェクトの山田亨教授/リーダー、同・住貴宏主任研究者(PI)(大阪大学教授兼任)、東京大学/アストロバイオロジーセンターの田村元秀教授、北海道大学・村上尚史講師、オプトクラフト、光学技研、三共光学工業、夏目光学らの共同チームによるもの。

  • ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡のイメージ

    ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡のイメージ(C)NASA(出所:NASA Webサイト)

"ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の母"と呼ばれ、NASA初の主任天文研究者であり、女性として最初に幹部職に就いた天文学者の名を冠したNGRSTは、主鏡の直径こそHSTと同じ2.4mだが、「広視野観測装置」(WFI)を搭載しており、一度に観測可能な視野はHSTの約200倍にもなる。同望遠鏡ではそれを活かし、(1)約100億光年先の宇宙まで、数億個の銀河の分布や数千個の超新星爆発の光度変化を観測し、宇宙膨張の歴史とその中での銀河の分布構造の形成と進化の歴史を正確に測定して精密な宇宙論研究を行う、(2)重力マイクロレンズ法を用いて天の川銀河内の系外惑星を新たに数千個見つけ出し、太陽~地球間の距離(約1億5000万km)を越えるような、主星から離れた冷たい惑星までを観測して系外惑星の軌道分布の全貌を解明する、(3)さまざまな分野での広視野を活かした近赤外線波長での天文学研究を実施するという、3点の科学成果の創出が目指されている。

そしてもう1つの大きな目的が、JAXAが光学素子を提供したCGIを活用した、明るい主星のすぐそばにある地球と同程度の小型で暗い惑星を直接観測するという、「高コントラスト観測」の技術実証を行うことだ。CGIは、明るい主星の光を隠すことで、そこからわずかしか離れていないずっと暗い系外惑星を観測するための装置。系外惑星を直接観測できれば、惑星の色や詳しい波長スペクトルとその時間変化などから惑星大気や表面についての情報が得られる(特に地球類似惑星では、生命の兆候の発見も期待される)。

しかし小型惑星を直接観るには、わずか0.1秒角(1/3600度)離れたところで、可視光線での明るさの比が主星の約1/100億という、極めて暗い天体を観測できる技術が必要だ。そのためNGRSTのCGIでは、主星から0.2秒角離れたところで、約1/1000万よりも暗い天体を検出し、さらにさまざまな画像処理解析を施すことで、最終的に約1/10億の高コントラスト観測の実現が目指されている。

そのためCGIには、光の波面を制御する可変形鏡や、光の道筋上で結像させた焦点面や瞳面で主星の明るい光だけを隠すための工夫が凝らされたコロナグラフマスクなどが装備される。主星の明るい光を隠すだけではなく、周囲に広がる淡い光(回折光)を含めて隠したり、打ち消し合ったりさせることで、惑星を観測できる高コントラスト観測の実現が目指されている。また、このように主星の光の影響をできるだけ低減した上で、光を波長ごとにわける分光観測や、反射光を分離できる偏光観測機能により、さらにコントラストを高めることも期待されている。

NGRSTで約1/10億の高コントラスト観測を達成できれば、その技術をより大型の宇宙望遠鏡に応用することで、地球類似惑星を検出できる約1/100分の高コントラスト観測の実現に迫れるとする。現在、NASAを中心に国際大型計画「ハビタブル・ワールド宇宙望遠鏡」の検討が始められているが、NGRSTのCGIの成果は同計画などにも直結するという。

またNGRSTの開発と運用は国際共同であり、日本からはJAXA ISAS NGRSTプロジェクトを中心に、大阪大学、国立天文台、北海道大学、名古屋大学などの研究者が参加している。

CGIについては、日本の経験・実績を活かした「偏光」観測機能を付け加えるため、光学系のデザインを担当。そこに国内企業の加工・コーティング技術を加えて光学素子が開発され、NASAに提供された。また、CGIの心臓部といえるマスク製作のための精密光学基板の提供も、JAXAが行った(マスクの加工自体はNASA ジェット推進研究所が担当)。

CGI以外の日本のNGRSTへの貢献は、(1)WFIで得られる膨大な観測データを受信するためのJAXA地上局による受信協力、(2)国立天文台と協力してすばる望遠鏡-NGRST協調観測の実施、(3)大阪大学と協力してPRIME望遠鏡-NGRST協調観測の実施、(4)観測計画の策定への参加を含む科学協力、などだ。これらについても、打上げに向けて準備が着々と進められているとしている。