徳島大学、大阪大学(阪大)、筑波大学、金沢大学(金大)の4者は5月17日、従来のように極低温環境を必要とせずに、室温でMRIやNMR(核磁気共鳴)の検出感度に関わる「核スピン」(原子核が持つ磁石のような性質)の向きを揃えられる光励起三重項の電子スピンを用いた動的核偏極(DNP)である「トリプレットDNP」は、適用できる分子の種類が極めて限られていることが課題だったことに対し、感度を向上させたいターゲット分子、補助分子、そして感度向上のもととなる偏極源を組み合わせた「共結晶技術」を開発し、MRI分子プローブとして知られる尿素を含めた複数種類の分子のトリプレットDNPを実現したと発表した。
同成果は、徳島大大学院 社会産業理工学研究部 物理科学分野の犬飼宗弘准教授、阪大 量子情報・量子生命研究センターの宮西孝一郎講師、同・根来誠准教授、阪大 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点の香川晃徳特任准教授(常勤)、筑波大 計算科学研究センターの堀優太助教、同・重田育昭教授、金大 理工研究域の栗原拓也助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
分子や材料の構造や運動状態を解析するために核スピンの振る舞いを見るNMRや、人体の内部に含まれる水分子が持つ水素原子核の核スピンを画像化したMRIなどの検出感度は、核スピンの向きの揃い具合(偏極率)に比例する。一般的な偏極率は極めて低いため、微小な腫瘍のMRI検出などは困難だ。そこで近年は、比較的向きの揃いやすい電子スピンを利用して、核スピンの向きを揃えるDNP法が盛んに研究されている。しかし一般的なDNPは、装置の一部であるミリ波発振源と、極低温環境を作る液体ヘリウム(約-272~約-269℃)に多額の費用が掛かるため、広く社会に普及していない。
それに対し、分子の光励起三重項が持つ電子スピンの偏りを高感度化に利用するトリプレットDNPは、ミリ波発振源や液体ヘリウムなどの寒剤を使用する必要がなく、レーザーとマイクロ波を用いることで引き起こされる量子力学的過程を利用することで、核スピンの高偏極化が可能だ。しかし、試料中の核スピンが長いスピン緩和時間を持つ必要があり、かつ偏極源となる分子を均一に添加できることが必要とされる。そのため、それらを両立できる試料はほぼなく、適用できる分子や材料は限られていることが大きな課題だった。そこで研究チームは今回、トリプレットDNPが適用できる分子の種類を増やすための方法を開発したという。
今回の研究では、ターゲット分子、補助分子、そして偏極源から組み上がる共結晶化技術により、トリプレットDNPが適用できる分子の種類を劇的に増やす方法が開発された。一般的に共結晶を含む有機結晶の結晶構造は最も安定な構造である。密に分子が充填された結晶内部の運動は非常に小さく“硬い”状態だ。その硬さによりスピン緩和は長くなるため、多くの共結晶がトリプレットDNPに適していることが発見されたとする。また、共結晶の結晶構造内部に、偏極源となるペンタセンを、結晶構造を保ったまま均一に添加できることも見出された。共結晶は組み合わせ次第で、多彩な結晶構造や物性を示し、高い多様性を持っているという。
そしてターゲット分子として、MRI分子プローブの1つである尿素が選択された。ピルビン酸と尿素の2種類のMRI分子プローブを組み合わせたMRI計測の高感度化は、精密ながん診断や治療効果判定への応用が期待されている。そして今回の研究では、室温において、共結晶化技術を用いて尿素を含む多数の有機分子のトリプレットDNPが達成された。
なお共結晶は創薬の分野で広く研究されており、膨大な数の結晶構造がすでに報告され、データベースに格納されている。それらを参考にしながら、分子の組み合わせを最適化することで、偏極できる分子の種類を増やすことが可能で、より高い偏極率を得ることが期待できるという。
トリプレットDNPは、比較的安価かつコンパクトな装置で、寒剤を一切使用せずに偏極することが可能だ。既設のMRIの側にトリプレットDNPの装置を設置することで、超高感度MRIによる精密がん診断が期待されるとする。今回の研究が提案する共結晶を用いたスピン偏極材料により、MRI分子プローブの室温トリプレットDNPが可能とされたことから、研究チームは超高感度MRIの実現に向けて大きく前進したと考えているとしている。