テクノロジーのスピードが加速する中、2024年は私たちの暮らし、人々との関わり方やコミュニケーションのあり方を根本的に変える新たなブレークスルーが登場することになりそうです。
イノベーションの限界を超えて、人工知能(AI)と機械学習(ML)は、6G、クラウドコンピューティング、ネットワーク、 EDAなどの他の技術を可能にすることで、2024年に大きな影響を与え始めようとしています。無線通信では、完全な5Gの機能が実現される一方、6Gの技術と規格の定義の進展が見込まれます。2024年は、チップレット、新規格、ソフトウエアベースのテストと設計への継続的な注力など、さまざまな半導体イノベーションが誕生するでしょう。さらに、量子コンピューティングは、量子・アズ・ア・サービス(quantum-as-a-service)の出現で、理論だったものが現実へと移行が始まるでしょう。
本稿では、Keysight Technologiesが少し先の未来をどのように見据えているのか、ならびに2024年を形作るイノベーション、トレンド、技術トピックに関するインサイトの共有を目指します。
1.人工知能(AI)
6Gはネットワーク最適化のためにAIを採用
AIは6Gの最適化に大きな役割を果たしますが、大規模な言語モデルと膨大なデータセットに依存する話題の生成AIではありません。その代わりに、特定の業界の問題を解決するのに役立つのが、AIモデルとワイヤレスドメインの専門知識を組み合わせたドメイン固有のデータです。例えば、AIアルゴリズムはエアインタフェースを改善し、6Gシステムの最適化に役立ちますし、ハンドオーバー時のモビリティ管理方法の向上、セルサイトの計画、MIMOの最適化などの活用方法があります。しかし AIが6Gの開発に付加価値を与える前に、より信頼性が高く、説明可能で、コストを大幅に削減する必要があります。また、ネットワーク最適化にAIを活用していくには、テスト面での課題が生まれます。AIアルゴリズムをテストして、トレーニングデータに偏りがなく、モデルが効果的で異常な動作がないことを確認できる技術の開発が不可欠になります。
クラウドコンピューティング市場におけるAIの影響
AIのワークロードにはGPUとメモリを大量に必要とします。以前は、AWS、Azure、GCPがクラウドコンピューティングにおける主要3社であると考えられていました。 オラクル・クラウド・インフラ(OCI)の第2世代クラウドは、生成AIのトレーニングで価格と性能で大きな優位性を持つため、クラウドコンピューティングの分野では現在4社の競争が繰り広げられています。
EDAのAI化:複雑なものを明瞭化へ
EDAでは、AIと機械学習(ML)の技術の応用はまだ初期段階で、設計エンジニアは複雑な問題を単純化するためのユースケースを模索しています。このインテリジェンスは、大量のデータ処理を支援するシミュレーションのモデル開発と検証に特に役立ちます。2024年には、企業はシリコンやIII-V半導体のプロセス技術のデバイスモデリングや、研究が進んでいる6Gなどの次期標準規格のシステムモデリングに、両技術を採用する企業が増加していくでしょう。
2.無線通信
5Gは未だに進行中
2023年末時点で、世界にある商用スタンドアロン5Gネットワークは、50未満です。今後数年間で、非スタンドアロンネットワークからスタンドアロンネットワークに移行するペースがあがり、これらのアーキテクチャが完全にプログラム可能な5Gネットワークをサポートすることで、通信事業者は拡張モバイルブロードバンド(eMBB)を超えたサービスを構築できるようになります。
スタンドアロンネットワークの拡大とともに、ネットワークスライシングの利用や、障壁やパフォーマンス上の課題の解決も加速するはずです。さらに、5Gエコシステムは、ゲームやソーシャルメディアの活動を超えた、より幅広い業界をサポートするために成長するでしょう。そして、6Gが幅広いユースケースで利用されるための基礎を築くことになります。
さまざまなスペクトラム:ワイヤレス業界にとっての大きな挑戦
今後5年間で、世界のワイヤレス業界は2G、4G、5G、6Gのネットワークをサポートし、管理しなければなりません。これは技術的にも事業的にも大きな課題となります。世界人口の5分の1以上が今でも2Gに依存しているため、アフリカやアジアの大半の開発途上の地域では、2020年代末まで多くの従来のネットワークを使い続けるかもしれません。しかし、インドはこの傾向に逆行し、5Gスタンドアロンネットワークで国全体をカバーしており、2Gを廃止できる最も有利な立場にある国といえます。新しいデバイスの価格が手ごろになるかどうかが、移行を遅らせるかもしれない唯一の懸念事項です。
6Gはコアネットワークを一新しない
6Gでコアネットワークが大幅に見直されることはないでしょう。進化はしますが、4Gから5Gへの移行時にネットワーク機能で起こったような大幅な刷新は起こりません。無線業界の大半はこれが間違いであることは認めています。
メタバース:エンターテインメント以上のものに
メタバースはゲームに焦点を当てた議論が多いですが、メタが示したユースケースよりも、はるかに幅広くサポートするように進化するでしょう。 2020年代の終わりまでに、AR(拡張現実)とVR(仮想現実)は、私たちの日常生活の一部となり、6Gはこうした仮想世界と物理世界が組み合わさった環境をサポートし、仮想世界と物理世界の間のシームレスな相互作用を進めるための帯域幅と接続性を提供する上で極めて重要になります。
グローバルなスペクトラムの調和に着目
2023年後半に行われた世界無線通信会議では、6Gが使用する周波数帯が決定され、世界的なスペクトラムの調和を実現するための計画が策定されました。これにより、事業者はコンポーネントのスケールメリットを実現し、サポートするバンド数を制限することができます。
3.半導体とエレクトロニック・デザイン・オートメーション(EDA)
先進的な半導体のイノベーションの兆し
デジタルと物理的世界をつなぐには、ますます複雑になっている信号物理学を克服できる、より強力なデジタル処理とインタフェースが必要になります。これを実現し、関連する課題を克服するためには、半導体技術のさまざまな進歩が不可欠となります。
エレクトロニクス設計における、性能予測は依然として不可欠
2024年も、エンジニアはエレクトロニクス製品の開発サイクルでシフトレフトを実行し続けるでしょう。設計が物理空間から仮想空間に移行すると、エンジニアは最も効率的な方法で問題を発見して修正できるようになり、より優れた知見とパフォーマンスの向上を提供できます。今後数年間は、無線、有線、航空宇宙/防衛、その他の産業におけるエレクトロニクス製品がより複雑になり、より素早く市場投入する要求に対応するため、設計とテストのワークフローを接続することが引き続き重視されるでしょう。
3D ICとヘテロジニアスなチップレット:新規格の登場
UCIeのような新しい規格が登場してきます。新しい規格は、チップレットの作成や、システム・オン・チップ設計を、より小さな知的財産に分割し、高度なパッケージングを使用して2.5次元や3次元の集積回路に組み立てるためことができます。設計者がダイ間の物理層相互接続を正確にシミュレートするには、UCIeやその他の規格に準拠した高速・高周波チャネルのシミュレーションが必要になります。
ソフトウェアの自動化がエンジニアを強化
ムーアの法則が限界に達する中、ワークフローの自動化による設計プロセスの改善は、設計エンジニアの生産性を向上させる道筋を提供します。2024年には、Python APIなどのソフトウェア自動化技術が、“クラス最高の”ツールをオープンで相互運用可能な設計とテストのエコシステムに統合する上で、より重要な役割を担うようになります。
デジタルシフトをナビゲート:設計管理の用件
デジタル・エンタープライズ・ワークフローの構築により、多くの企業がツールセット、データ、IPを横断する設計管理に投資しています。今後、大規模で地理的に分散したチームをサポートする複雑なSoCや異種のチップレット設計で成功するには、設計データとIP管理ソフトウェアが重要な役割を果たすでしょう。要件定義とコンプライアンス間のデジタルスレッドの作成や、PLMなどのエンタープライズシステムとが緊密に連携していることは、製品開発サイクルのデジタルトランスフォーメーションに一役買うでしょう。
シリコンフォトニクスがデータセンターの変革を促進
データセンターは、AIやMLのワークロードの急激な増加や、より効率的な電力利用と温度管理の必要性に対応するために、より高い演算性能を提供するように進化しています。シリコンフォトニクスは、演算性能への要求に応えるため、データセンターの変革を加速する上で重要な役割を果たします。設計エンジニアがシリコン・フォトニクス・インターコネクトを組み込んだ高速データ・センター・チップを開発するには、高度な開発作業をサポートするプロセス設計キット(PDK)と正確なシミュレーションモデルが必要になります。
4.量子コンピューティング
理論から現実へ:量子の可能性
量子技術は、量子力学の基本法則を利用することで、現在では極めて困難な問題や不可能な問題を解決することを可能にします。量子技術によって、複雑なシミュレーションや計算、セキュアな通信、より強力なイメージングやセンサー技術が可能になります。
量子の民主化:サービスとしての 量子(QaaS)の登場
量子ラボの開発には多大なコストとリソースの負担があるため、サービスとしての量子(QaaS)プロバイダーが増加していきます。量子プロセッサへのリモート・クラウド・アクセス、デバイス特性評価のためのテストベッド、製造サービスを提供するファウンドリなどは、新興企業を量子エコシステムに引き込むのに役立つサービスの一例です。QaaSプロバイダーはやがて、デバイスの操作、特性評価、製造の標準化に貢献し、量子プロセッサや量子ビットに隣接する技術のベンチマークを可能にしていきます。
5.持続可能性(サステナビリティ)
エネルギー消費は技術決定の原動力
技術の意思決定では、性能やコストだけを評価するのではなく、サステナビリティをますます考慮するようになります。環境目標を達成するために、エネルギー効率が、経営幹部のあらゆる意思決定に影響を与える必須事項となるでしょう。
より多くの代替エネルギーの必要性
再生可能エネルギーへの移行を実現するために、電力会社が需要のピークとオフピークを効率的に管理できるよう、送電網に蓄電装置を追加する必要性が高まります。 さらに、2020年代末までにネットゼロの目標を達成するために、原子力エネルギーが必須で重要な要素であることを広く受け入れられる必要があります。
マイクログリッドが果たすより大きな役割に
現在、電気エネルギーの約50%が配電損失で失われます。マイクログリッドは、使用する場所の近くでエネルギーを発電、配電、制御できるため、普及が進むようになります。信頼性が高く回復力のある電力を供給できることから、郊外、農村部の電化、軍事基地、重要インフラ施設など、さまざまな用途で利用されるようになるでしょう。
EVの次のフロンティア:バッテリー健全性の優先順位と予測
EVが進化を続け、300マイル(約480km)が標準になるにつれて、走行距離の不安は解消され始めます。しかし、バッテリーの健全性へと不安は移ります。時間の経過とともにバッテリーがどのように劣化するかは、携帯電話がすでに示しているため、すぐに電源が切れて立ち往生したり、少なくとも1日に何度も充電が必要になる車を運転したいとは誰も思いません。バッテリーの健全性は、EVの購入決定に影響を与える要因となり、自動車メーカーは、ドライバーを安心させるために、健全性を可視化して情報を提供します。情報がより詳細になり、ゲーミフィケーションのインタフェースが組み込まれるため、ドライバーは自分の行動が、バッテリー管理システムのパフォーマンスを最大に保つことにどう影響するかを知ることができます。さらに、AIアルゴリズムをシステムに組み込むことで、さまざまな条件下でのバッテリーの健全性と性能を予測し、不安を払拭することができます。
ネットゼロを目指す無線
無線ネットワークを取り巻くサステナビリティへの懸念が高まる中、AIは6Gが環境に与える影響を軽減する上で極めて重要な役割を果たします。例えば、リアルタイムの動作状況に基づいてコンポーネントの電源をオン・オフすることで、消費電力を最適化する方法を判断できます。6Gネットワークが普及し、より多くのデバイスや機械が無線接続されるようになると、オペレーションを最適化し、二酸化炭素排出量を削減する機会が生まれるでしょう。例えば、6Gは自動運転車の高度化に貢献し、交通量を減らし、ヒト主導の運転に伴う無駄や非効率性を減らしていきます。農業では、6Gに接続されたIoTデバイスが土壌の状態をモニターし、水や肥料の使用を最適化するのに役立ちます。6Gがユビキタスになれば、サステナビリティを重視した新時代が到来するでしょう。
業界標準の指標の登場
業界は2024年に、無線ネットワークの二酸化炭素の総排出量の測定など、サステナビリティ測定の標準化を目指します。 これは、グリーンウォッシングの主張を避け、ネットゼロへの推進を加速させるでしょう。
本記事はキーサイトが自社の技術ブログに投稿したものを翻訳・要約したものとなります。