東京農工大学(農工大)は4月16日、針を使わずに柔らかい材料を貫通できることから“針なし注射器”の実現に寄与すると期待される集束マイクロジェットについて、その貫通深度に関わる要因を特定することに成功したと発表した。
同成果は、農工大大学院 工学研究院 先端機械システム部門の田川義之教授、同・五十嵐大地大学院生、同・木村健人大学院生、同・遠藤奈々美大学院生、同・横山裕杜大学院生、同・楠野宏明特任教授(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する気体・液体および複雑または多相流体の力学に関する全般を扱う学術誌「Physics of Fluids」に掲載された。
現在主流となっている注射針を用いた薬物送達は、薬物を必要な部位に必要な深さだけ正確に届けるという利便性がある一方で、注射針の再使用による感染拡大の可能性や、注射針に対する恐怖心が一定数見られることなどから、注射針を使わない注射器の開発が進められている。
市販の針なし注射器で使用されている液体噴射口は、先端部の噴射口径がノズル口径よりも大きい拡散形状をしている。そのため同形状の液体ジェットは皮膚との接触面積が広く、皮膚に加わる垂直応力が大きいことから、組織に損傷を与える可能性があるという。
こうした課題に対し、農工大の研究チームは、ジェット生成装置を用いて収束形状の液体形状を生成することで、皮膚に加わる垂直応力を軽減。なおその開発にあたっては、農工大が特許を保有する、凹状の気液界面に撃力が加わることで液体が集束する技術を利用しているといい、さらに駆動力としてレーザを用いることで、より高速のジェットを発生させることもできるとする。
こうした集束マイクロジェットにより、注射の痛みが軽減されるだけではなく、ジェットの貫入効率と制御性の向上が期待されるとのこと。しかしながら、浸透深さに影響する因子が完全には解明されていないため、未だ実用化には至っていない。
そこで今回の研究では、集束マイクロジェットの浸透深さに大きく影響する、柔らかい材料に対するジェットの貫通深度を調査したという。
まず研究チームは、「注入管の内径」「液面と柔らかい材料との距離」の2つのパラメータを変化させてジェットの貫通実験を実施。すると興味深いことに、貫通深度は液面から一定距離でピークに達し、注入管の内径が増加するにつれて、その距離がより遠くになることがわかったとしている。
また次に、マイクロジェットの速度分析を通して、貫通深度のピーク距離と最大速度との関係がジェット形状の影響により変化することが判明。そのためこれを解明するため、速度とジェット形状とを統一する物理量として「ジェット圧力力積」の概念を提唱した。ジェット圧力力積とは、単位時間・単位面積あたりにかかるジェットによる力であり、ジェット圧力力積が大きい場合は、ジェット断面積が小さく速度が大きいため“鋭い”ジェットが生成されていることを指すとする。
さらに研究チームは、数値シミュレーションを使用して実験条件を複製し、ジェット圧力力積を計算したとのこと。その結果、ジェット圧力力積の大きさと貫通深度との間に相関があることが示され、重要な因子であることが確認されたとした。
今回の研究成果により、集束マイクロジェットの貫通深度を制御するためのジェット圧力力積の重要性が示され、針なし注射技術の実用的な知見が得られたとする。また今後は、貫通する物体の硬さの影響や薬効などについて検討し、更なる実用化を目指すとしている。