沖縄科学技術大学院大学(OIST)は4月8日、グラファイト(石墨/黒鉛)と磁石を用いて、外部電源に頼ることなく真空中に浮遊するプラットフォームを設計したことを発表した。

同成果は、OIST 量子マシンユニットのジェイソン・トゥワムリー教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学全般を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

外部電力を必要としない浮遊プラットフォームを開発するにはいくつかの課題がある。最大のハードルは、振動するシステムが外力によって時間と共にエネルギーが失われる時に発生する「渦減衰」であり、導電体が強力な磁場を通過すると、電流の流れによってエネルギーが失われる。このエネルギー損失が、高度なセンサの開発に磁気浮上を利用することへの課題となっていたという。そこで研究チームは今回、エネルギーを失うことなく浮遊・振動するプラットフォームの開発を試みることにしたとする。

「エネルギーを失うことなく浮遊・振動する」ということは、一度動き出すと、追加のエネルギー入力がなくても、長期間振動し続けるということであり、このような「摩擦のない」プラットフォームは、力、加速度、重力を測定する新しいタイプのセンサなど、さまざまな用途に応用できる可能性があるという。

  • グラファイトのスラブはしばらくの間磁石の上を揺れ動くが、空気摩擦により時間と共にエネルギーを失う

    グラファイトのスラブはしばらくの間磁石の上を揺れ動くが、空気摩擦により時間と共にエネルギーを失う。(c) OIST(出所:OIST Webサイト)

しかし、渦減衰を減らせたとしても、振動プラットフォームの運動エネルギーの最小化という別の課題もあった。このエネルギーレベルを下げることは、(1)センサとして使用する際にプラットフォームの感度が上がること、(2)量子領域(量子効果が支配的な領域)まで運動を冷却することで精密測定の新たな可能性が開ける可能性があること、という2点から重要だとする。つまり、真に摩擦のない自立浮遊プラットフォームを実現するためには、渦減衰と運動エネルギーの両方の課題を解決する必要があるという。

そのために研究チームが今回焦点を当てたのが、炭素の結晶形であるグラファイト由来の新素材の開発。グラファイトのような反磁性材料は外部磁場を印加されると反対方向の磁場が発生し、その結果として反発力が生じ、磁場から押し出される。そのため、反磁性材料を磁石の上に置くと、反発力が上方に向かって発生するので、その反発力が強ければ浮遊することが可能となるのである(中でも超伝導体は完全反磁性を備えているため浮上しやすく、リニアモーターカーにもそれが応用されている)。

  • グラファイト粒子が電気絶縁性シリカの層で化学的にコーティングされた

    グラファイト粒子が電気絶縁性シリカの層で化学的にコーティングされた(ポリエチレングリコールは、シリカがグラファイト表面に結合するのを助けるためのもの)。コーティングされたグラファイト粒子はワックスと混合し、絶縁性の反磁性スラブに成形された。(c) OIST(出所:OIST Webサイト)

今回の研究では、グラファイトが化学的に変化させられ、電気絶縁体とされた。この変化により、エネルギー損失がなくなると同時に、真空中での浮遊が可能になったとする。その上で微細なグラファイトビーズの粉末を、シリカで化学的にコーティング。そのコーティング済み粉末をワックスに混ぜることで、格子状に配置した磁石の上を浮遊する1センチ四方の薄い正方形の板を作成することに成功したとした。

  • コーティングされたグラファイト・マイクロビーズの走査型電子顕微鏡画像

    コーティングされたグラファイト・マイクロビーズの走査型電子顕微鏡画像。緑色の領域はシリコンが示されており、絶縁コーティングの存在が確認できる。(c) OIST(出所:OIST Webサイト)

また実験では、プラットフォームの動きがリアルタイムでモニタリングされ、その情報を駆使して、プラットフォームの動きを冷却し、スピードを大幅に落として動きを減衰させるためにフィードバック磁力がかけられた。熱は運動を引き起こすが、継続的に監視することでシステムに修正アクションという形でリアルタイム・フィードバックを提供することで、この運動を減少させることが可能だという。フィードバックによって、システムの減衰率(エネルギーを失う速度のこと)が調整される仕組みで、減衰を積極的に制御することで、システムの運動エネルギーを減らし、効果的に冷却することができるようになったとした。

  • N極とS極の磁石を交互に並べ、その上に浮くスラブ

    N極とS極の磁石を交互に並べ、その上に浮くスラブ。システムは振動から隔離され、高真空環境に保たれている。鏡を使ってスラブの垂直方向の動き(位置と速度)をモニタリングし、フィードバック・ループを使ってスラブの動きを減少させる仕組み。(c) OIST(出所:OIST Webサイト)

なお、今回開発された浮遊プラットフォームは、十分に冷却しさえすれば、これまでに開発された最も感度の高い「原子重力計」(原子の挙動を利用して重力を精密に測定する装置)を上回る性能を発揮できる可能性があるとする。このレベルの精度を達成するには、振動や磁場、電気ノイズなどからプラットフォームを隔離する厳格なエンジニアリングが必要となるという。そのため研究チームでは現在、システムの改良に重点を置いているとした。

また研究チームでは、浮遊材料を用いて機械的振動子(中心点を中心に反復または周期的な運動をするシステム)を作ることに焦点を当てているという。このような振動は、振り子、バネの付いたもの、音響システムなど、さまざまな状況で発生する。そのようなことから今回の研究成果は、超高感度センサや振動プラットフォームの精密制御を実現する可能性を切り開くものとした。今後は、浮遊、絶縁、リアルタイム・フィードバックを組み合わせ、材料科学とセンサ技術で達成可能なことの限界をさらに押し広げていくとしている。