沖縄科学技術大学院大学(OIST)は2月22日、傷ついた細胞膜が修復された細胞は細胞分裂をやめ、老化することを明らかにしたと発表した。

同成果は、OIST 膜生物学ユニットの河野恵子准教授、同・須田晃治郎大学院生、同・森山陽介科学技術アソシエイト、ヌルハナニ・ラザリ博士研究員を中心に、東京大学、名古屋大学、名古屋市立大学の研究者らも参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の老化と長寿の生物学を扱う学術誌「Nature Aging」に掲載された。

がん細胞は無限に分裂できるが、正常細胞は細胞分裂の回数上限があり、その上限は細胞によって異なるものの、決まった回数分裂した後には不可逆的に増殖を停止し、「老化細胞」となる。老化細胞といっても、不活発になって何もしないというわけではなく、代謝的にはまだ活発である。しかし、若い細胞や健康な細胞とは異なり、さまざまな分泌タンパク質を産生することで、近傍の組織や離れた場所にある臓器の両方で免疫反応を亢進させることがわかっている。このメカニズムは、我々の身体にとって創傷治癒の促進といったメリットを与える一方で、がんの促進や老化など、デメリットも引き起こしてしまうのである。

なお、細胞の内側と外側を区切る細胞膜は、シャボン玉の薄膜のわずか20分の1ほど(約5nm)の厚みしかない。つまり細胞は、筋肉の収縮や組織の損傷などによって容易に傷ついてしまう。そうした傷に対処するため、細胞にはある程度までの細胞膜損傷であれば自らを修復できるメカニズムが備わっている。そして細胞膜損傷を経験した細胞についてはこれまで、元通りに傷を修復して分裂を再開するか、もしくは傷を修復できず細胞死が引き起こされるかのいずれかの運命をたどると考えられてきたという。

近年は、ヒトを含む動物の体内にある老化細胞を除去することで、人体機能を若返らせることがさまざまな研究チームから報告されている。その一方で、人体における老化細胞誘導の引き金については議論が続いているとのこと。細胞老化の引き金として最もよく知られている誘因は、DNAの末端が細胞分裂を繰り返す度に短くなっていくという「テロメア短縮」だ。他にも、DNA損傷、がん遺伝子活性化、エピジェネティックな変化など、さまざまなストレスが細胞老化を誘導することがわかっている。これまで、そうしたさまざまなストレスがDNA損傷応答の活性化を介して、最終的に細胞老化を誘導すると考えられていた。そこで研究チームは今回、細胞膜損傷により誘導された老化細胞の遺伝子発現パターンを調べたとする。

今回の研究では、バイオインフォマティクス解析などを用いた分析が行われた。すると、細胞膜損傷により誘導された老化細胞の遺伝子発現パターンが、ヒトの体内の損傷した組織の近辺の老化細胞と非常によく似ていることが判明。この結果は、生体内の老化細胞が細胞膜損傷を起点として誘起される可能性が示されているという。また、細胞膜損傷はカルシウムイオンとがん抑制遺伝子「p53」が関与する別のメカニズムで細胞老化が誘導されることも明らかにされたとした。

研究チームを率いる河野准教授は、今回の成果について、健康長寿を達成するための新たな戦略の開発に寄与する可能性があるとしている。

  • 陶器のひび割れを漆と金で補修し使い続けるための日本の伝統的な技術である金継ぎのイメージ

    画像は、陶器のひび割れを漆と金で補修し使い続けるための日本の伝統的な技術である金継ぎのイメージ。ひび割れは金継ぎにより修復されるものの、完全に元通りになるわけではなく、元の陶器とは異なる古びた風合いをもたらすことになる。そのことから、細胞膜が傷ついても修復されはするが、細胞の性質は「老化」という不可逆的な変化を見せ、異なる振る舞いをするようになる今回の研究内容がなぞらえられている。イラスト提供:Amy Cao(ソーク研究所)(出所:OIST Webサイト)