東北大学は2月28日、2枚の強磁性層を極薄の非磁性層を介して人工的に反強磁性的に結合させた人工反強磁性体を用いて、磁気スキルミオンとは異なる「反強磁性トポロジカル磁気構造」の実現を試み、強磁性層を系統的に変化させながら観測したところ、さまざまなトポロジカル磁気構造として、「メロン」、「アンチメロン」、「バイメロン」を作り分けることに成功したことを発表した。

  • 反強磁性のスキルミオンとメロン・アンチメロンのスピン構造

    反強磁性のスキルミオンとメロン・アンチメロンのスピン構造。矢印はスピンの方向。スキルミオンでは、中心で上(下)向きで、外側に行くにつれて回転し、最も外側では下(上)向き(180度回転)となる。一方でメロンとアンチメロンでは、中心での向きはスキルミオンと同じだが、最も外側では、90度回転となる。また、今回の研究で用いられた人工反強磁性系では、上下の磁性層がお互い逆方向に結合し、 反強磁性構造が形成される(出所:東北大プレスリリースPDF)

同成果は、東北大 電気通信研究所の土肥昂尭助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

トポロジーとは、何らかの系の形状を連続変形の観点から分類する幾何学のことだ。よく知られた例が、ドーナツとコーヒーカップは穴の数が1個で同じことから(カップは持ち手の部分に穴が1個ある)、連続的に変形させることで行ったり来たりできるというもの。トポロジーは数学(幾何学)の一分野だが、物理学においても注目されており、磁性体においてトポロジーで記述される微細な磁気構造はトポロジカル磁気構造と呼ばれ、その代表例として知られるのが、電子スピンが渦上に整列した磁気スキルミオンだ。

トポロジカル磁気構造は、それが有するトポロジカル数によって定義され(スキルミオンは1)、異なるトポロジカル数を持つ磁気構造には連続変形で移り変われないため、極めて高い安定性を持つと期待されている。中でも特に、トポロジカル磁気構造を反強磁性的に結させた反強磁性スキルミオンが、超高速動作の観点から応用において非常に有望視されている。

磁気スキルミオンの研究が進んでいるが、トポロジカル磁気構造は他にも多く存在する。たとえば、半整数のトポロジカル整数を持つものとして、±1/2のメロン、∓プラス1/2のアンチメロンがある(果物のメロン(melon)とは無関係で、ギリシャ語で「部分・分数」の意味を持つ単語にちなんでいる)。しかし、これまで磁気スキルミオン以外の反強磁性トポロジカル磁気構造がどのような材料系において安定的に実現できるのか、またそのヘリシティ(渦の巻かれ方)を制御可能かといったような基礎的な点は不明だったという。

そこで研究チームは今回、2枚の強磁性層を極薄の非磁性層を介して人工的に反強磁性的に結合させた人工反強磁性体を用いて、スキルミオンとは異なるトポロジカル磁気構造の観測を試みたとする。

今回の研究では、それらのトポロジカル磁気構造を正確に同定するために、3つの観測手法が用いられた。まずX線を用いた観測手法により、準備された磁性多層膜が反強磁性結合をしていることが確認された。その後、3次元的なスピンの方向を確認するために、スピン偏極電子顕微鏡および磁気力顕微鏡を用いて、磁気構造が詳細に観察された。それら3つの手法それぞれの観測結果を組み合わせることによって、実際に反強磁性メロン・アンチメロン、さらには、それらが結合したバイメロン(メロン・アンチメロンの結合でトポロジカル数は再び1)も実現していることが明らかにされた。

  • (上)異なる2つの測定手法により解明された磁性層の磁気構造。(下)それぞれ観測されたメロン、アンチメロンの模式図

    (上)異なる2つの測定手法により解明された磁性層の磁気構造。左の手法では横方向スピンの向きを、右の手法では中心の上下を同定できる。それらの組み合わせにより、対応するトポロジカル磁気構造が実験的に明らかにされた。(下)それぞれ観測されたメロン、アンチメロンの模式図。また磁気力顕微鏡観測(右)では、それらが結合したバイメロン構造(画像中の太丸)も実現していることが明らかにされた(出所:東北大プレスリリースPDF)

それに加え、上部と下部の磁化の強さをそれぞれ変えることによって、ヘリシティを制御できることも実証。これは、磁性層の組み合わせを適切に選択することによって、所望の反強磁性トポロジカル構造を実現可能なことを意味しているという。

  • (上)メロン・アンチメロンは、ヘリシティの違いでブロッホ型かネール型に分類される。(下)上下の磁石の強さを変えながら観測した磁気構造が統計的に処理された結果

    (上)メロン・アンチメロンは、ヘリシティの違いでブロッホ型かネール型に分類される。(下)上下の磁石の強さを変えながら観測した磁気構造が統計的に処理された結果。上下の磁石の強さが等しくなるに連れ、ネール型が安定になり(左)、大きさが大きく異なると、ブロッホ型が安定する(右)ことが解明された(出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、それらの構造を適切に表す理論モデルを構築することによって、これらの磁気構造に重要な因子を解明することが試みられた。一般的に、トポロジカル磁気構造を安定させるためには、磁性層のねじれの強さを表す「ジャロシンスキー・守谷相互作用(DMI)」が大きいことが要求される。ただし今回用いられた人工反強磁性系では、磁性層間の強い結合が、トポロジカル磁気構造を安定させるために必要なDMIを著しく下げることが示されたとのこと。これは、人工反強磁性系が、反強磁性トポロジカル磁気構造を実現する上で、優れた系であることを意味しているとする。

  • 理論モデルによって、どのような条件でメロン構造が安定になるかが示された計算結果

    理論モデルによって、どのような条件でメロン構造が安定になるかが示された計算結果。横軸は、磁性層のねじれの強さであるジャロシンスキー・守谷相互作用、縦軸は磁気的な異方性の強さが表されている。磁性層間の反強磁性結合が強い場合(左)、広い範囲でメロン構造が安定になることが示されている。その一方で、層間の結合が弱い場合(右)、メロン構造は安定しにくいことがわかる。しきい値Dcは、今回使用された膜の異方性エネルギーに対応してメロン構造を安定させるため、要求される最小のねじれの強さが表されている(出所:東北大プレスリリースPDF)

これまで、どのような材料系で磁気スキルミオン以外の反強磁性トポロジカル磁気構造が安定的に実現できるのか解明されていなかったが、今回の研究によって、人工反強磁性体で反強磁性メロン、アンチメロン、バイメロンが実現され、そのヘリシティ制御が実証された。研究チームは今後について、これらの構造の電気的制御をいかに実現するかが、革新的情報デバイスの実現に向けて重要になると考えられるとしている。